一人で仕事と趣味を淡々とこなす

<概要>
同居人が帰国したので、次の同居人が来るまでの4ヶ月間を一人で暮らした。
以前のように多くの隊員がやってくることはないが、それでも時々隊員がやってきて交流した。
基本的にインドア派なので、休日は家で料理研究などをして過ごしていたが、ゴルフも始めた。
仕事は順調で、周囲の信頼も徐々に得ていった。

9月24日
毎日毎日処分場に行って、生ゴミの臭いを嗅いでいると鼻がおかしくなってくる。

9月25日
コンポスターの蓋の右端の白い米粒みたいなのはウジ虫
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午前にカウンターパートホームコンポスター(家庭用生ゴミ堆肥化容器)の巡回モニタリングに行ってきた。まだ始って一週間ぐらいなのでどこの家もほとんどトラブルはなかった。ただ一軒を除いては。そこのコンポスターは閉じているはずの蓋からすでにウジ虫が這い出てきていた。おそるおそる蓋を開けてみると一瞬視界が暗くなるほどの蝿が中から出てきた。あわてて蓋を閉めようとしたら、手元が狂ってその場でこけてしまった(これは午後のティータイムで延々とおちょくられた)。
本当に恐ろしい、このコンポスターは地獄と直接つながっているに違いない。来週が怖いようで楽しみである。

●過去を振り返って
しかし、ここ以外の殆どの家は適切にコンポスターを利用していた。フィジーでも普及する可能性は十分にある。

9月26日
土曜日。朝から料理の研究。明日はご近所の松本隊員の誕生日パーティーが(私の家で)あるので、特別に何か作ろうと考えていた。その結果、とんかつと野菜てんぷらと岸田さん直伝ローストチキンで勝負することにした。夕方になって、特訓が終わり、満腹になって寝ていると、美川隊員から電話がかかってきた。SV(ラウトカのシニアボランティア)の人が今来ているから、門を開けてやってほしいと。えっ、誕生日会は明日じゃなかったですか、と言うもとりあえず中に入ってもらった。どういうわけか、彼ら(シニアの3人)は誕生日会が今日だと思っていたらしく、料理も作って持ってきてくれた。一方、私は料理は明日のつもりだったので何も準備していない。ましてや部屋がちらかりまくりの状態で非常に困った。
しかし、せっかく来てもらったので、主役の松下さん不在のままビールを開けて開始することにした。じきに松下さんや今回の言い出しっぺの美川隊員もやってきて一応誕生日会の体裁を整えることができた。そして明日はどうするのか、という話になった際、なんと今日は前夜祭ということにして、明日が本番ということになった。実は松下さんの誕生日会は2週間前、岸田さんのお別れ会と同時に一度開催しており、となると3回も誕生日会を開くことになる。よくわからんが明日もがんばるしかない。

9月27日
日曜日。今日も夕方から松本さんの誕生日会(3回目)。私はチキンの丸焼きととんかつと野菜フライ、美川隊員が巻き寿司とケーキ、松下さんがお好み焼き、シニアの安田さんがシーフードマリネとなんとウニの寿司を持ってきてくれた。フィジーとは別世界の御馳走であった。なお、岸田さん直伝チキンは一応うまくいった。フライは自分ではうまくいったと思ったが、ごちそうの数々にかすんでしまった。それはともかく、すこし遅れてきたナンディーの吉川さんを含めて、5人で贅沢な時間を過ごした。最後は焼酎飲んで寝た。会場が自分の家だと準備や片づけが大変だが、すぐに寝れるのが良い。

9月28日
気付けば、フィジーに来て半年がたった。大して成長してないような…。振り返るのがこわい。

●過去を振り返って
いや、成長してたと思う。英語以外は。

9月29日
仕事、酒、寝る、以上。

9月30日
明日でボスがやめることになった。ひと月前にボスになったばかりなのであるが、前から決めていたらしい。ニュージーランドに移住するらしい。家族は一足先にフィジーを離れており、ボスもひと月後には家族に会えるらしい。ニュージーランドに移住することはこの国のインド人にはよくあることで、驚かないが、フィジーは本当にそれでいいのかと思ってしまう。ボスに関してはあまり得意ではなかったが、面倒見の良い人だったし、振り返ればそう悪い人ではなかったような気がする。新天地で頑張ってください。

10月1日
ひと月ほど前、定期健康診断を受けた。前日は多くの隊員とともに首都スバの隊員ドミトリーに泊まったので、当然飲み会になった。健康診断は前日の夜10時以降は飲み食い禁止なのだが、そんなの無視して深夜まで飲み続けた。結局、翌朝二日酔いのまま受診した。今日その結果が返ってきた。「異常なし」。これからも反省せずに、周囲の制止を無視して飲み続けようと思います。

10月2日
金曜日。大したことやっているわけではないのだが、一週間が速すぎる。この時期を後々振り返った時、何か思い出せる物が残るのだろうか。

●過去を振り返って
それだけ順調だったということだと思う。

10月3日
土曜日。同じラウトカ隊員の美川さんが近所に引っ越すことになった。手伝ってほしいと直々の要請があったので、同じくチームラウトカの松下隊員と協力隊しに行った。彼女の新居は3ベッドルームに2バスシャワーがついたなかなか広い家であった。しかし、部屋は汚く、鍵は壊れ、カーテンもなく、まだ人の住める状況ではなかった。

とりあえず、3人で掃いたり拭いたりして掃除した。しかし、自分の家も汚れきっているのに人の家で掃除とはずいぶんと人のよいことだ。その後当座の生活に必要な掃除道具やカーテンがわりの布を買いにタウンに行った。美川隊員の長すぎる買い物時間は私にとって極めて厳しい精神修養の時間となったことは美川隊員には言っていない。大人だから。

土曜のお昼のタウンは買い物する人でいつもにぎわっている。美川隊員と二人で通りを歩いていた時、リュックサックが引っ張られるような感じがして咄嗟に振り向いた。そして予想通り、リュックのチャックが半分開けられていた。そこには財布が入ってあったのだが、無事であった。一応街を歩く時は警戒しているので、すぐに反応出来て未然に防げたが、いやな話だ。その後美川隊員と合流して美川隊員のおごりでピザを食べて、家に戻った。美川隊員は鍵の設置や掃除が完了するまで松下隊員の所にお世話になるそうな。とにかく、隊員どおしが近くに住んでいることは何かと良いことだと思った。

10月4日
日曜日。独りラウトカ料理部として、本格カレーに挑戦した。玉ねぎ、皮むきトマト、骨付き鶏肉、二種類のカレーパウダー、マスタードシード、クミン、にんにく、生姜、塩、サラダ油をあれこれしていると一時間もせずにできた。おいしかったが、何かが足りない。愛情だろうか。
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10月5日
今日も晩飯がカレー。材料が余っていたのでしょうがなく2日連続で作った。昨日のカレーの気になった部分を修正して、出来た。うまい。しかし何というか…。

10月6日
マーケットからでる野菜ゴミでコンポスト(堆肥)を作る実験で、作業員さんが決められた事をやってくれない。ルールを守らない奴は悪いが、守れないルールを作った奴にも一分の非があると思い、現在改善計画を検討中である。

10月7日
昼飯をいつもの中華料理屋で食べた帰りに、これまた、時々行く地球の歩き方にも載っているジョリーグッドという飯屋が燃えていた。でもほどなくして警察がやってきて交通整理を始め、消防車がやってきて消火活動が始まった。なんだかんだで、フィジーという国はしっかりしているのかもしれない。

10月8日
今日の午前十時ごろ、フィジーの近くにあるバヌアツ国沖でM8の地震があった。フィジーでは揺れはなかったが、津波警報が出され、11時前ぐらいに仕事を中断して高台に避難した。少し前に、サモアで大津波が発生して、大きな被害があった(フィジーでは被害なし)ことが頭をよぎった。
また、ラウトカ市役所のある市街地は海に近く、大津波が来れば確かにただでは済まない。なので街の人たちが一斉に非難したため、道はこれまでになく混雑した。私はJICA専門家の車に乗せてもらって高台に避難した。しかし、しばらくしても何も起きないため、一度市役所に戻った。しかし、警報はまだ解除されてなかったらしく、街はゴーストタウンのごとく人がいなかった。やはりまだ危ないということで再び避難して、警報の解除を確認してから、1時前に戻った。
結局フィジーでは何もなかった。バヌアツでも非常に小さい津波しか発生しなかったそうな。暇な日なら、めったにない経験が出来てよかった、となるが、今日はやることがいっぱいあったので、非常に困った。
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一斉に避難する人々
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高台に避難した人々

10月9日
金曜日。昨日、週明けにあるワークショップで私か担当しているマーケットゴミのコンポスト化のプレゼンをするように言われたので、この日は朝の5時半から作業をしていた。
昼前から、ホームコンポストのモニタリングに行って、午後からワークショップの事前打ち合わせで、途中で抜け出してコンポストヤードの実験モニタリングに行って帰ってきたら、課業終了時間だった。極めて忙しい。この日のデータ整理等の仕事も出来てないし、プレゼン資料も未完成で、また、マーケットコンポストの改善について常々提案したいと思っているが、手をつけられない。この先しばらくは一日一歩とか悠長なことは言ってられない。ここが踏ん張りどころで、うまくこなして周囲の信頼を得て、コンポスト以外のこともやってみたい。
さらに、この晩は来客があったので、仕事の後買い物をして、家を少し片づけて、料理も独りでラウトカチキン、お浸し、ご飯を作ってへとへとだった。最後は顔にまくらを押し付けられてこの日は終わった。

10月10日
土曜日。朝に客が帰ったが、この日もまた来客があるので、その準備について昼間は考えていた。結局とんかつ定食(とんかつ、キャベツ、味噌汁、いなり寿司by 美川隊員)で行くことにした。夕方美川隊員がやってきて新居について愚痴りながらいなり寿司を作ってくれた。私もワインを飲みつつ料理を作っていた。8時半ぐらいに湯川さんがやってきて、3人で食べた。美川隊員が帰ったあと、湯川さんがラウトカにやってきた3つの理由について伺い、すべて承諾した。そして熱く語らいその日は寝た。

●過去を振り返って
3つの理由については覚えてない。

10月11日
湯川さんからどこかに連れて行ってくれと言われていたのだが、ラウトカにはそれほど見所がない。ラウトカゴルフ場を除いては。ということで、ラウトカゴルフ部新部長として、彼をゴルフの世界にいざなうことにした。
湯川さんは日本で打ちっぱなしを2、3回行ったことがある程度だそうな。始め二人で練習をしてからホールを回った。結局二人の腕前はほとんど同じで、部長としての貫録を見せつけることには失敗したが、楽しかった。
また、2回ほど方向、飛距離ともに申し分のないスーパーショットが打てたことは今回の大きな収穫だった。帰ってきて、昼ご飯。キャッサバとオクラのてんぷらと、つゆが余ったので、少しそうめんを作った。昼寝の後、晩飯。必殺ココナッツラーメン改2を披露した。あとはワイン飲んでグータラして寝た。

10月12日
月曜日。今日は祝日。朝方湯川さんを見送ったあとは家でゆっくり過ごした。

10月13日
ジャイカプロジェクトのワークショップがナンディー町役場で開催された。今回は私もマーケットコンポスティングについてプレゼンがあるので準備万端で臨んだ。その甲斐あってか、無難にこなすことが出来た。自分の職場に戻ってコンポストヤードでモニタリングして今日は終わった。

10月14日
最近若干忙しい。日々最低限やらなければならないことをこなすだけで勤務時間が終わってしまう。モニタリング結果から提案したいこととかもあるし、他の作業もしたいのだが、モニタリングするだけで手が一杯である。家でも毎日1、2時間作業をすればうまく回っていくのかもしれないが、残業はなるべくしたくない(とはいっても、急ぎの用件とかは休日に作業したりすることもおおいのだが)。さて、これからどうしたものやら。

10月15日
フィジーでは大根が安い。小さい奴が5本ぐらいで50セント(25円)ぐらいで売っている。今日はそれで浅漬けを作ってみた。ただ大根を切って、ビニル袋に入れて、塩と昆布だしの素を入れて、揉んで冷蔵庫に1時間ぐらい放置して完成。結果は成功。他に色々材料をいれて改良して、ラウトカ漬物として発表することにしよう。

10月16日
そろそろ実験モニタリング結果の考察を行おうと、数値をまとめてグラフ化して、真剣にジーっと見つめていたら、お前はストレスフルだといわれてしまった。眉をしかめているといつもそのようなことを言われてしまうので、気をつけているのだが癖なのでしょうがない。来週は一日を半分をゴミ処分場で肉体労働するつもりだ。しかし、オフィスに戻ってきてグターとしているとどうしたんだといわれてしまうので、いくら疲れても何事もなかったように振舞わなくてはならないのがつらい。

10月17日
土曜日。今日はフィジーにとって重要な日「ディワリ」である。ヒンズーのお祭りで、日本で言うと、正月とクリスマスを一緒にした感じである。

私は上の階に住むスニルさん一家に招待された。まず庭でローソクを立てて、花火をした。他の家でも花火を打ち上げたり、家を電飾で飾ったりして、非常にきらびやかである。そして、スニルさんの家で食事を御馳走になった。ディワリなのでベジタブルカリーだったがおいしかった。
また、彼の家にははじめてお邪魔したが、すごくきれいなお宅で、私の家と広さは同じなはずなのだが、インテリアがすごかった。また、この家には小さい子供が2人いて、部屋にはおもちゃが一杯だった。しかも、押したら音の出るやつとか、あきらかに高価なものばかり。子供も英語が達者で利発である。ここの一家は明らかに上流階級に属している。しかしスニルさんは気さくな人であり、弁護士なので同じ敷地にすんでいて心強い。
それはともかく、ディワリなので今はもう11時なのに外はすごくにぎやかである。というかうるさくて寝れない。
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10月18日
日曜日。夕方から美川隊員の新居お披露目会に行ってきた。初めに見たときよりすごくきれいになっていて驚いた。美川さん、掃除がんばったね。

10月19日
月曜日。祝日。昼前からゴルフ場に一人で練習しに行った。10分ぐらいしたところで、一人の男が近づいてきて、俺が教えてやると色々口を出してきた。彼の教えは的確だったようで、私の腕前はかなり上がった。
しかし、絶対これは金を要求してくるよな、と思っていたらやはり15ドル要求された。その瞬間は金がないと言ってごまかしたが、その後しばらく教わったので、ポケットにあった10ドルを渡した。
彼の名はトニー。ゴルフ場周辺に住む自称キャディーであるが、どうも仕事を探しているらしい。次回来る時は電話してくれ、お前を一人前にしてやるみたいなことを言われたが迷っている。確かに彼に教われば一人で練習するよりはるかに上達するだろうが、一回15ドル(750円)というのはどうなのか。また、彼を本当に信用してよいのか。今日は家まで道具を持って送ってもらったが、私は防犯上ローカルには家を教えたくないのだが、知られてしまった。
また道中、今もう10ドル払ったら、次回はただとか言われたけどそれは突っぱねた、彼もしつこく言ってこなかったが。めんどくさいことになった。来週はどうしようか。なお、今日はドライバーをダフって壊してしまった。岸田さんごめんなさい。

10月20日
今日は午前中はゴミ処理場のコンポストヤードで、ゴミを観察し、ゴミの写真をとり、ゴミの臭いをかぎ、ゴミをかき集めて重さをはかり、ゴミに棒を差して高さを測り、表面積も測り、ゴミの温度も測り、3時間たっぷりゴミと戯れた。これは明日もだ。楽しいな。

10月21日
今日もゴミの日だった。

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