コンポスト計画が突如進む

<概要>
延期になったはずのコンポスト計画だが、突如始まることになった。
俺としても仕事が増えて楽しかった。

また、首都スバでジャパン・フェスティバルの活動をしたのも良い思い出だ。
しかし、帰ってきて変な男に殴られた。大きな怪我はなかったが迂闊だった。

8月13日
oisca1oisca2午後からラウトカから2時間ちょっと行ったろころにあるシンガトカという町にコンポストの見学に行ってきた。ここはオイスカという日系の非政府団体で、そこの農業部門のYさんにラウトカのコンポストプロジェクトのアドヴァイザーをお願いしている。この日訪ねたのは「ぼかし」という、上質の材料で作った栄養満点かつ、有機物分解を促進する有用菌の住処となるような肥料を作成している現場を見学するためである。ラウトカでもこの「ぼかし」を自分たちでつくるつもりである。

いろいろ見たり聞いたりしている内に、カウンターパートのシャレンがすごくやる気になって、来週からいきなり作ることになった。当初は5ヶ月後の予定だったのだが。カウンターパートがやる気がなくて困る、という悩みは隊員にありがちだが、私の場合カウンターパートのやる気があり過ぎて困っている。とはいえ、ストップをかけるのではなく、彼がコケないように冷静にサポートしていきたい。

●過去を振り返って
カウンターパートとは隊員と一緒に活動する現地のスタッフである。
俺のカウンターパートはシャレンという10年目ぐらいの市役所職員である。
彼は本当に優秀な男で、フィジー人離れしたやる気もある。とくにコンポスト(堆肥)に関しては、自宅の庭で作っているぐらいのコンポストオタクだ。
隊員の中にはカウンターパートのやる気がなさすぎて活動が進まないと嘆く人も多いが、俺は恵まれていた。

8月14日
今日はボスが退職する日である。彼は私に対しては大らかに迎え入れてもらって感謝しているし、もちろん職員からの人望も厚く、秘書は涙を流していた。次のボスは仕事はやる人で、面倒みも悪くないのだが、少し口うるさいのでやりづらい。

8月15日
昨日は酒を飲んでそのままソファーで寝てしまい、寝冷えして少し風邪をひいた。

8月16日
日曜日。料理の研究して一日を過ごした。

8月17日
風邪が急激に悪化してしんどい。無理せずのんびりすごした。

8月18日
夕方に元隊員が訪ねてきた。この3月に帰国されたばかりの方なので、私も彼女の噂は聞いていて、ある種の伝説隊員であったそうな。平日ではあるが、ラウトカ隊員が全員集合して我が家で食事をした。私は体調が悪かったので、少し食べて部屋に戻るつもりでいたが、元隊員大川さんがワインと梅酒を持ってきてくれたので飲んでいるうちに、調子が出てきて、あとはいつも通りの展開になった。

●過去を振り返って
我が家には多くの隊員や元隊員が訪ねてきた。それは家が空港に近いことと、同居人の岸田さんの人望のおかげである。

8月19日
setumeikai夜の7時から3Rプロジェクトの住民説明会に行ってきた。フィジータイムで始まったのは30分過ぎてからだったが。私の役目はカバとジュースとお菓子を配る係であり、時間の半分以上は住民の間を行き来していて、プレゼンを聞いている暇がなかった。特ににカバに関しては配るだけではなく、自分でも10杯以上飲んで頭がおかしくなりそうだった。しかし、その甲斐あって、翌朝出勤したらカバマンの称号をいただいた。

●過去を振り返って
俺はコミュニケーションは苦手だったがノミニケーションは得意だった。

8月20日
今日も午前の会議で大量のカバを飲まされ、体調が悪くなり、昼飯も食べられないほどであった。家に帰ってすぐ寝た。

8月21日
ホームコンポスターをゲットした。これからラウトカ市では家庭ごみ削減のためにホームコンポストの普及を進めるので、その方法を確立するためのモニタリング実験を職員とパイロットエリアの住民でしばらく実施する。当初私は2年で帰国することと、家族がいないことからゴミの量が少ないという理由でモニターから外れていたのだが、私としてはどうしてもやってみたかったので、食い下がって手にすることができた。まあ、JICAの援助で買ったものなのでカウンターパートも断りにくかったのもあるだろうが。しかし、実験である以上、今後は詳細に記録を付けて、計画を成功に導きたい。明日からセッティングして実験開始としたい。
ところで話は変わるが、帰り際にボスから週末はガールフレンドとビールでも飲むんかと冗談めかして言われたが、特に女性と会う予定はなかったので、ノーガール、オンリーボーイフレンドと言ったら、みなニヤニヤしていた。ホモと思われたようだ。

8月22日
昨日借り受けたコンポスターを庭の片隅に設置しました。
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位置を決めて、芝生をはがして、土を掘ります。コンポスターの底部を土に埋めることによって固定するためです。しかし、土には石が多く混じっており、作業は難航しました。ふと、しんどかった自衛隊時代を思い出しました。
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二階に住むインド人一家の子供たちもベランダで応援してくれました。
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穴掘り完了。汗だくです。
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穴にコンポスターを設置して、
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美観を損なわぬよう、芝生をかぶせて設置完了。次は中身の準備です。
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裏庭にあった落ち葉等を中に入れます。家庭ごみは水分が多いので、その対策です。
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昨日出た生ごみを投入します。この日は少なかったですが、明日は冷蔵庫で悪臭を放っているサバ缶を入れます。
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これでこの日の作業は終了。1時間半かかりました。やはり、セッティングがめんどくさかったので、これを市内全域に広めるには、単にコンポスターは地面に置いとくだけでもOKとマニュアルに書くべきではないかと思いました。

コンポスターの形はプリンみたいなので、この日は記念にココナッツプリンを作りました。しかし、なぜだか、見た目おぞましい物が出来上がりました。味は悪くなかったのですが、同居人Kさんの手前気まずかったです。
prin

8月23日
ari
家でのんびり過ごした。アリがジャイカ拡声器の中に巣を作っていた。

●過去を振り返って
このアリは本当に凶悪で、噛んでくるので痛い。繁殖力も旺盛で手がつけられない。熱帯性なので日本にはいないが、この先温暖化が進んで、日本に定着するようなことがあれば生態系は激変するだろう。

8月24日
課業後に大使館の次席が視察に来た。最終処分場と私の家に設置したホームコンポスターを見てもらった。その後ラウトカのSVの牧さんの所を視察したのち、隣町のナンディーの大黒という高級日本食レストランで懇親会が行われた。ラウトカ、ナンディーの隊員が集まって、普段だべられない刺身やてんぷら等を食べることができてありがたかった。しかし私はむしろ日本酒を飲めることが嬉しくて、開始から飛ばしまくった。しかし急ぎすぎて、終盤には便所でゲロはいた。私の生き方を象徴するような夜だった。

8月25日
朝から二日酔いで、その上カバを飲まされたので非常に体調の悪い一日だった。明後日が健康診断なのだがひどい結果になるに違いない。

8月26日
8時前に家を出て、健康診断等のために首都スバに向かった。荷物運びを依頼されていたのでまずは隊員連絡所(ドミ)に立ち寄って荷物を置いてから街に出た。なお、ドミには湯川さんがいて、どうもどうもという話をした。3月4月のフィジーに来たてのころと違ってかなりリラックスして街を歩けるようになっていた。やはり首都だけあって都会だなあと改めて感じた。昼飯はゴートカレー(ヤギ)を食べた(6.90ドル350円)。少し高かったが牛肉みたいで美味しかった。

その後JICA事務所に行ったり買い物をしたりして4時ごろドミに戻った。花沢隊員が高そうな酒を置いていってくれたので独りで飲んでいたら誰もいなくなったので独りで寝てた。しかし2時間ほどで目を覚まして再び酒を飲みギターで歌った。しかし10時ごろに疲れて、明日は健康診断なので寝たが、10時半ごろに花沢隊員がドミに戻ってきたので、私も起きて3度目の酒・ギター・歌だった。明日の事など全く考えず、結局深酒してしまった。反省しません。

8月27日
昨晩深酒した割には朝はいつも通りの時間に目が覚めて、体調も快調だった。8時から健康診断であったが、ひっかからないことを祈るばかりである。でもまあ、さすがに駄目だろう。
その後は少し時間があったので街を同期隊員とぶらぶらした。昼飯はラウトカにはない高級カレー店で食べた。11.90ドル(600円)で非常にうまかった。カレーはラウトカのほうがうまいんじゃないかと思っていたが、完敗だった。
午後からジャパンフェスティバルの打ち合わせ。夜からY/S邸に同期隊員が全員集合して飲み食いした。水炊きが非常においしかった。酒飲んで絡んで迷惑がられて、動けなくなって、その日は泊まらせてもらった。

8月28日
9時から隊員総会があった。JICA事務所の方のお話を聞いたり、JOCV間の係を決めたりした。私も隊員機関紙の編集委員に立候補した。終了後は明日のジャパンフェスティバルの準備。その後はドミトリーに帰って、酒。回りが乗せてくるものだから便所で吐くぐらい飲んだ。何があったか記憶がはっきりしない。

8月29日
6時50分起床。2日酔いで非常に体調が悪かった。しかし、7時にドミトリーを出発してジャパンフェスティバルの会場設営に向かった。吐き気と闘いながら、荷物を運んだり、テントを組み立てるのはきつかったが何とかやり終えた。
ジャパンフェスティバルは日本の文化とJOCVの活動を紹介するための企画で私は環境のブースで4人の仲間と風呂敷講座を担当することになった。スーパーのレジ袋が環境に悪いから、エコフレンドリーな風呂敷を使いましょうと。また日本文化の紹介にもなるし、今回の企画にぴったりだと思った。
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今回は風呂敷マスターの吉川さんが総合司会でステージに行ってしまっていたので、ほとんどの時間を残ったメンバーでこなさなければならなかった。しかし、拙い英語であったが、多くの人に紹介することができた。また、その中の大半が風呂敷に興味をもってくれたみたいだった。
途中雨が降ったり、最後がフィジーで最も大きいハイビスカス祭りのパレードの時間と重なって、人が全くいなくなってしまったりと、トラブルもあったが、無事に終了することができた。
荷物の撤収にひと汗かいた後、最近できたというラーメン屋に行った。チキン醤油ラーメン6.5ドル(330円)。麺がラーメンというよりきしめんみたいで、また、どんぶりの底にレタスを一枚入れるのが特徴的だった。おいしかったし、また行こうかと思うが、まだまだ日本のラーメンには及ばないと思う。
その後はハイビスカス祭りを眺めに行ってドミに帰った。
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8月30日
今日も7時前に起床。規則正しい生活。9時前にドミトリーを出発して、ラウトカに戻った。5日間の日程であったが、楽しい日々だった。やはり都会は楽しいなあと思った。

8月31日
月曜日。5日ぶりに職場へ復帰した。が、いきなり事件が起こった。午前中にマーケットで分別収集開始のお知らせに行ったら、変なおっさんが近づいてきて話しかけられた。お前日本人か、ブルースリーは死んだって本当か、俺は映画を全部見た等、何か変な人だと思った。そして、お前カンフーできるかと言ってきたので、ちょっとだけと言って冗談でパンチやキックを繰り出した(ただしカンフーではなく空手)。すると、このおやじ本気でこっちの顔面殴ってきやがった。歯は折れなかったが唇が切れて血が出た。こっちはやり返さなかったが、すぐに彼は周囲の人に連行されて、どこかに行った。特に大きな怪我をしたわけではなく、私も男なので少し殴られたぐらいで大して気にはしないが(むしろブログに書くネタができてよかったぜ、とか少し思ってしまった)、カウンターパート達が申し訳なさそうにしていたので何だか逆にこっちが気を使った。
また、もしこういうことで私が大けがしたとしたら、私の意志とは関係なくジャイカとラウトカ市の良好な関係にひびが入るし、私も今後は少し警戒を強めることにしよう。

●過去を振り返って
フィジーにも慣れて、気が緩んでいたのかもしれない。しかし、これ以降は暴力沙汰に巻き込まれることはなかった。

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