仕事は少しずつ前進

<概要>
俺やJICA専門家の仕事はラウトカ市のゴミを減らすこと。そのためにリサイクルや生ごみの堆肥化(コンポスト化)を推進しようとしていた。
俺はそのコンポスト化の方の手伝いをすることになっていた。
計画はなかなか進まなかったが、この頃ようやくスタートした。
これ以降、俺の協力隊員としての活動は軌道に乗ってくる。活動はツラくてしんどいこともあったが、やることが見つからなかったこれまでの3ヶ月間に比べたらはるかに楽だ。

また、環境スローガン&ロゴキャンペーンも成功した。これもなかなか応募がないし、同僚もなかなか動かないので心配していたが、最終的には何とかなった。きっちり計画を立てて行動する日本とは異なるフィジーの仕事スタイルを理解できた。

7月20日
ラウトカ市のマーケットでは今日から分別収集が始まる。生ゴミと紙とペットボトル・プラスチックの3区分であり。ゴミ箱も3種類に分けた。しかしながら、あまりできてなかった。先週同僚が市の告知の紙をもって、マーケットの売人に説明(命令?)して回ったが、さすがに急には効果がなかったようである。しかしこれから地道に啓発活動を続けて、うまく分別してくれるように力を尽くしたい。

その後、処分場であすから始まるマーケットゴミのコンポスト化実験の予定地を見に行った。これに関しては私がモニタリングを申し出た。コンポストは廃棄物プロジェクトの中のキーとなるので、何とか成功させたい。

●過去を振り返って
自分の役割がはっきり決まったので張り切っていた。

7月21日
bunnbetukan
月曜から始まったマーケットの分別収集であるが、今日は全然できてなかった(写真)。ボトル・缶のところに普通に生ゴミが入っている。一方的にやれ、というのではなく時間をかけて理解を求めていくのが本当はよいのだろうが、プロジェクトも期限がきまっているのでそう悠長に構えてられないのが現状である。
その後、コンポスト化実験を始める予定であったが、今日はゴミの分別ができてなかったので明日に延期になった。
まだ実験が始まらないので私にはかなり時間があるので、インターネットによるコンポストに関する文献検索を続けている。日本だと、個人のブログがヒットすることが多い。しかし多少参考になる部分があるものの、基本的にこういうのは科学的な実験の参照としては使えない。コンポストマニュアルの類はまともなものはネット上には落ちておらず、金を出して本を買わなければならないようだ。英語で検索すると、いくつかマニュアルの類を手に入れることができた。随時プリントアウトしてカウンターパートに見せて一緒に勉強していければと思う。

7月22日
・今日はボス代理が一日いなかった(ボスは病気療養中)。彼はよく口にするショウモナイ冗談は別にして、言っていることは正しいのだが、少し口うるさい。おかげでみんな今日はのんびりしていた。特に、いつも彼から仕事上の注意を受けている、秘書は一日中仲良しのお茶くみのおばちゃんとおしゃべりをして楽しんでいた。
・近所の日本人だらけの語学学校が一時閉鎖になった。そこの日本人が多数犯罪にあっていたからである。まあ、犯罪に遭ったことは気の毒であるが…。
・コンポスト実験がまたもや明日に延期になった。
・隣町の環境同期隊員吉川さんが早くも新聞デビューを飾った。全国紙で写真付きのデカイ記事である。すごい快挙である。風呂敷プロジェクト万歳。

●過去を振り返って
このボス代理はプレムというのだが、彼にはほんとうに困った。人は悪く無いと思うが、管理職には向いてない人だった。

7月23日
今日はまさに空白の一日だった。こういう日の方が疲れる。この日は歌う気にもなれなかった。

●過去を振り返って
何か失敗をやらかしたようだが、覚えていない。

7月24日
昨晩は情けないやら悔しいやらでよく眠れなかった。なので夜の3時ぐらいからBBCラジオを聴いて朝を迎えた。今日はマイナスからのスタートなので職場へ向かう足取りも重かった。とはいえ、職場に着いた後は、失地回復に積極的に動いた。早速カウンターパートとJICA専門家に昨日のコンポストプロジェクトの状況を聞いて、その後大急ぎで自分の考えを紙に書いて、これまでインターネットで収集していた参考文献も見せながら、この中での私の役割というのを説明して、理解してもらった。なんとか
ツーアウトランナー一塁ぐらいの状況にもっていけた。
来週はコンポスト実験と、もう一つ環境ロゴコンペティションの用紙回収があるが、これも相談して一緒に行く約束をもらったので、まあ月曜日は気兼ねなく普通に職場に行けそうである。

7月25日
今晩はラウトカ市に赴任した新隊員の歓迎会が我が家で開催された。そのため一人料理一品を作らなければならないのだが、大いに悩んだ。私の変な料理を出すぐらいなら皿洗いに徹したほうがよいかと思ったが、突然ココナッツプリンを作ろうとひらめいたので、スーパーに材料を買いに行った。しかしゼラチンがなかったのでオレンジゼリーの素で代用することにした。しかしこれが大失敗で、オレンジの駄菓子屋テイストがココナッツを加えようが、本物のオレンジジュースを加えようが一向に消えない。次は凝固剤として卵黄を使ってチャレンジしたが、これはまあまあの出来であった。卵黄、砂糖、ココナッツミルク、生クリームを使い、30分蒸して、しばらく冷蔵庫で冷やした後、マーケットで買ってきたミントを上にのっけて完成。
さて、歓迎会はラウトカ隊員(SV含む)全員と近隣の町の隊員も駆け付けてくれて、総勢10人の賑やかな会になった。おいしいご飯とお酒があれば何でも満足なのだが、この日の主役の美川新隊員にラウトカの序列を身を持って知らしめることができてなお良かった。
その後私は眠たくなったので宴もたけなわの時に一人で寝てしまった。

7月26日
良い天気だったので、岸田さんと新隊員美川さんとゴルフに行ってきた。家の近所にゴルフ場があり、また家にゴルフセットがあるのでいつかはやりたいと思っていた。岸田さんは経験者であるが、私と美川さんは未経験なので、岸田さんに指導してもらった。1時間ほど練習して2ホール回った。一応最初から最後までできた。今後も練習を続けて18ホール回れるようにしたい。なお、利用料金は10ドル(500円)なのだが、係員があまりいないため、ほとんどタダで利用できるとのことである。
この日はつかれたので6時半に寝た。

●過去を振り返って
ゴルフは後日トラブルになった。

7月27日
久しぶりにウクレレをチューニングしようと思い、チューナー(電池式)をいじったら、マイクの穴から大量のアリが這い出てきた。中を開けると、気持ちの悪いほどのアリが住んおり、中には卵を抱えた奴もいて、どうも巣になっていたようだ。チューナーは壊れてなかったが、今後パソコン等の穴のあいた電化製品は要注意である

7月28日
コンポスト実験計画が二転三転した上に、事実上4か月ほど延期になった。それまで細々と予備実験みたいなことを続けていくことになった。飲まないとやってられない。

7月29日
今日は午前中に、やっと応募用紙回収に行けたが、時間が短く、成果がほとんどなかった。午後からも行こうと言われたが、すっぽかされた。帰宅する寸前に、月曜の午前中からから実験のモニタリングに行くと言われたが、その日はM隊員の学校に環境教育しに行く予定であったので非常に困っている。日々状況が悪化しつつある。追いつめられてきた。

7月30日
カウンターパートが動いてくれない。独力でやるしかないのかもしれない。クラブで一人酒して家に帰った。

7月31日
今日も足取り重く出勤した。環境シンボル・スローガンコンペティションは今日が締め切りである。千数百枚ほど応募用紙を配ったのにも関わらず、今朝の段階で応募は50通に満たなかったので朝から悩んでいた。しかし午前中に少しずつ学校からの応募が市役所に届き始めた。応募作のほとんどは環境シンボルというより環境に関する自由な絵だったが、子供たちの力作は大いに私を勇気づけてくれた。本当に感動した。午後にも多くの作品が届いて、合計で200通を超えるぐらいになった。来週はまだ届いてない学校を回って回収するので、この倍ぐらい集まるかもしれない。
今週はKO寸前だったが、最後に救われた。

●過去を振り返って
フィジーでは万事こんな感じだ。
皆期限が迫るまで本気にならなくて、計画通りには進まず、 こっちとしてはイライラする。しかし、ギリギリになるとフィジー人もやる気を出すのでなんとか間に合う。

8月1日
昨晩は岸田さんに酒を注がれ過ぎて、今朝は2日酔い気味。昼間は少し英語の勉強をした。夕方から人と会った。

8月2日
明日は環境教育をしに行くので、教材を作った。本格的に絵を描くなど小学生以来のことだが、がんばって書いた。さて、どのような反応がが帰ってくるのか楽しみである。
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8月3日
ラウトカ養護学校に環境教育に行った。環境、あるいは環境問題とは何ぞや、という短い授業を行って、その後に環境シンボル・スローガンキャンペーンの応募用紙を配って記入してもらおうという企画である。これはここの学校に隊員が先生として勤務しており、彼女の発案によるものである。遅ればせながら私にとって初めての環境教育の授業である。昼休みの時間帯だったので、カウンターパートには言わずに一人で行った。
午後1時からのスタートで、その30分前に行って練習したが、あまり原稿を覚えてなかったので何やらぎごちなかった。緊張こそしなかったが、不安がよぎる。本番10分前ぐらいに同居人の岸田さんが日本から来た彼女とともに訪ねてきた。かなり期待されている。彼らにはビデオとカメラの撮影をお願いした。
1時になったので準備が十分ではないが、始めることにした。生徒の中には耳の聞こえない子供もいるので先生が手話で通訳しながら進行した。私も初めは手話で自己紹介した。しかしその前に、日本語であなたの名前は何ですか?とみんな聞いてくるのでユウキですと、何度も返事をしていたのだが。松下隊員の日本語教育はかなり行き届いていた。さて、一旦始まると、松下隊員が台本にないアドリブで生徒の心を一気に掴んでくれたので、場がほぐれて私としてもかなりやり易い状況になった。なんだかんだで、言いたいことも言えたし、スムーズに進行した。後半は少し生徒が退屈そうにしていたが、M隊員が最後に授業の振り返りをするなどしてフォローしてくれた。どれぐらい伝わったが分からないが、環境及び環境問題という言葉は理解してくれたと思う。今回は周りのサポートがあったがら、やりきることができたが、これを一人でやるにはまだまだ力不足であると感じた。反省して次に生かしたい。

8月4日
コンポスト実験計画がまたもや変更・延期になった。もう始まる前から疲れてしまった。同僚にサンキューといったら、フ◯ッ◯ユーに聞こえたらしく恥ずかしい思いをした。家に帰ったら、庭で猫が交じわっていた。もちろん叩き出した。

8月5日
朝から応募用紙回収に行った。ついにカウンターパートが本気になった。彼らは結構有能な人たちなので、やる気にさえなればかなり物事はスムーズに進む。
その後、ゴミ処理場でコンポスト実験予定地で放置してあるマーケットゴミの観察に行った。車で連れて行ってもらって、あとで迎えに来るから、と言われて結局2時間ほどハエにまみれながら一人でゴミをいじりつつ、今後始まる実験計画について考えを巡らしていた。しかし、青空の下、シャベルを持って、汗をかきながらハエと闘いながら作業をするのは協力隊っぽいイメージだ。
午後からは再び学校に用紙回収に行く予定だったが、急きょ職場(市役所)の大掃除大会が始まり、午後はずっと市役所の周りのゴミ拾いをしていた。くすぶり続けていた持ち前(?)のボランティア精神が久し振りに発揮できた一日だった。

8月6日
朝から最後の学校回りをした。最終的に330の環境スローガンと264の環境シンボルが集まった。当初の予想をはるかに上回る結果だった(100集まれば上出来と思っていた)。一応私が責任者であるのだが、実際はカウンターパートが動いてくれたので、特に私の手柄というわけではないのだが、それでも、このイベントの反響と子供たちのユニークな作品に出会えたことに満足している。午後から一次選考を行い、10いくつかの候補を選んで、明日関係者全員で最終選考を行う。

8月7日
今日は金曜日で、みんなのやる気がなかったので、最終選考は延期になった。フィジーはそういう国なのでしかたがない。家に帰ってしばらくすると、スバから野中隊員と本郷元隊員が訪ねてきた。本日の晩御飯は日本から持ってきたカレールーから作った日本式カレーである。
しかし、フィジーのインド人の作るカレーに慣れ過ぎたせいか、日本のカレーは香りがなく辛くもなく、非常に平坦な味に感じた。この感性の変化は、もう元にはもどらない気がする。その後ワインを飲みながら、野中隊員の足の爪に塗っている赤いマニキュアについて、放っておいてもよかったのだが、彼女より先に生まれた者の責務として、苦言を呈したら、猛反撃にあってしまった。それでは、と十八番の「時代おくれ(河島英吾)」を弾き語たって、メッセージを伝えようとするも、「もっと楽しい歌うたってください!」とすぐに本を閉じられてしまった。最近の若い子にはついていけない。でもまあ、たまにはそういのもいいかな。

8月8日
野中隊員の水泳大会の応援に行った。参加者の半数は白人だった。

8月9日
日曜日。気がついたら一日が終わっていた。

8月10日
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ようやく環境シンボル・スローガンコンペティションが終了した。最終選考に残った作品からうちのヘルスデパートメントのメンバーで投票して選んだ。冒頭の写真がシンボル部門のウイナーである。34歳の学校の先生の作品である。スローガンは「ラウトカシティー エバーグリーン エバークリーン」という13歳の生徒の作品が選ばれた。なお、私が応募した自信作の環境シンボルは投票者0だった…。知ってるくせに同僚からお前の作品どうなった、とからかわれる始末。まあちょっとこっちの人には高度すぎたかな。
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私の自信作。0点。審査員なのに優勝したらどうしよう、と最近悩んでいたが、まったくの無駄におわる。逆に周囲からおちょくられる結果に…。

8月11日
環境コンペティションが終わり、今日からしばらく暇になる。来週から本格的にコンポスト実験が始まるとはいえ、他にもう一つ仕事があればよいのだが。暇な時間に今後の計画を立てたい。

8月12日
最近の晩飯はしばらく自作のラーメンである。和風だしの素、ナンプラー、パクチー、チリ、おろしニンニク、ショウガが基本的なスープで具は別の味付けの野菜炒めを上から乗っける。まあまあだが、味に奥深さがないというか、改良の余地大である。2年で最高のラーメンを作りたい。しかし、日本にいたときも晩飯はほとんどラーメンだったので、どこにいっても変わらない自分がおかしい。jisakuramen

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