隊員との交流が楽しかった

<概要>
引越し後は様々な隊員と交流が持てて楽しかった。
元来、非社交的な性格だったが、多くの人が我が家を訪れてくれた。もう二度とああいうことはないと思うし、ただただ懐かしい。

仕事はあまり前に進まなかった。
毎日仕事には行っていたはずだが、書くことがあまりないので日記にはプライベートのことばかり書いている。

6月14日
日曜日。午前中はネットカフェに行ったあと、スーパーで買い物して帰った。この日の昼ごはんはカレーに挑戦した。基本となりそうなカレー粉を2種類買ってきて、ニンニクと玉ねぎと鶏レバーを煮込んだ。確かにカレーの風味はするのだが、味がない。そこで日本からもってきただしの素を加えた。最終的に味はまあまあというところ。ダロイモとともに食べた。

その後一人でカバ作って飲んだ。すると眠くなって昼寝した。起きたらまたカバ作って、バウンティー(ラム酒)と混ぜて、日本から持ってきたシェーカーでカクテルを作った。混ぜる分量の関係もあろうか、バウンティーの味が勝りすぎて、カバの味がほとんど消えてしまっている。1+1=2以上にならないと成功したカクテルと言えないため、これは失敗である。また、酒は気分を高揚させ、カバを落ち着かせる作用があるが、同時に飲むという危険な実験は、酒の効果の方が高いようである。ただ、カバを飲んだ時の口の痺れは確かにあり、カバの効果も多少あった。4杯ぐらい作って飲んだら眠くなって寝た。

●過去を振り返って
ムスリムの家庭では酒は飲めなかったが、これから思う存分飲むことが出来た。嬉しかった。

6月15日
月曜日。祝日。朝起きると体がだるい。頭も痛い。昨日の危険な実験の後遺症が夕方まで続いた。この日の晩からナンディーでこのたび無事任期を満了して帰国されるNさんの送別会に参加した。この日はエアポートの万前のゲートウエイホテルという良いホテルにNさんのおごりで泊まって、翌朝、みんなでNさんを見送るというスケジュールである。この晩集まったのは10人である。まずは韓国料理屋に行った。料理も酒もおいしかった。でも酒はこれまでの反省があるので飲み過ぎなかった。その後ホテルに戻って、酒飲んでNさんを中心に話をした。ここには書けないが、色々と深い話の数々であった。しかし私は途中(それでも深夜まで起きていた)で寝てしまった。

●過去を振り返って
このNさんもフィジーでかなり大変な思いをした人だ。理想通りの活動は出来なかったそうだが、色々葛藤を乗り越えて、2年間の任期を全うしたことは尊敬に値する。

6月16日
9時の飛行機なので8時ぐらいに空港に行った。そこでNさんと最後のお別れをした。特にNさんと長らくその同居人であった岸田さんのわかれのシーンが映画のワンシーンのように印象的であった。また、Nさんからは一人一人にメッセージカードが配られた。いい日旅立ち。
その後残ったメンバーでしばらくお茶飲んで私は9時ぐらいにラウトカ行きのバスに乗った。
ラウトカのマーケットでキャッサバ(8本3ドル150円)をオクラひと山(2ドル100円)を買ってきて家で食べた。キャッサバとは甘くないさつまいものようで、栄養豊富である。しかも安い。一食一本で十分なので20円ぐらいか。オクラは日本の物と大体同じで値段はかなり安い。ゆでて、醤油掛けて食べたり、オイスターソースで炒めたりして食べた。

午後から仕事に行った。と言ってもほとんど何もしなかった。しかし、ボスが高血圧で入院して、ハッキリわからないが、数週間休む可能性があるとのことである。
仕事の後は再びマーケットに行って、ナスとチリを買って、以前に買っておいたイワシ缶でカレーを作った。しかし、一味足りなかった。改良の余地あり。

食事の後、同居人の岸田さんから、ある品物を渡された。それはスバにいる同期隊員からの少し早い誕生日プレゼントであった。感涙に咽ぶ私を岸田さんが自慢のカメラで激写していた。
しかし、今日は本当にいろいろなことがあった。こういうとき、全部は記憶に残らないのがもったいない。

●過去を振り返って
俺は空港に比較的近いところに住んでいたので、多くの隊員の見送りをした。去り際の表情に2年間の思いが凝縮されているようで、それぞれに感動的だった。

6月17日
早起きして弁当作った。残り物の野菜炒めと、主食のキャッサバで、完成するのに40分もかかった。弁当作るなら15分以内で済ましたいので事前に調理して冷凍しておくなど工夫していきたい。

環境シンボル&スローガンコンペティションの詳細が決定した。朝から保健課の人たちで会議をして、当初考えていたよりも大規模で本格的なイベントになった。なんと賞金付き。市内の学校にすべて応募用紙を配って、新聞にも広告を出すことになった。これまでは、私と相方の職員の二人でちょこちょこやっていくつもりでいたが、保健課の職員すべてかかなり乗り気なので、全員で事に当たることになった。私の果たす役割はほんの小さなものだとは思うが、それでも隊員が来た事がきっかけの一つとなって、こういうイベントが生まれるということは素直に喜びたい。

また、やはり自分が使いたいときにインターネットを使いたいので、コネクトの高速インターネットサービスを申し込みに行った。ひと月60ドル(3000円)とやや値が張るが、スピードが512kb/sと頼もしい。昼休みに申し込みに行って、明日手続きをする。
今日もいろいろあって疲れた。しかし英語の勉強を怠らないようにしたい。

●過去を振り返って
フィジーを途上国と侮る無かれ。無線インターネットだってあるのだ。高速というほどでもないし、電波はよく途切れたが、非常に役に立ってくれた。

6月18日
今日の仕事は朝の30分ぐらいでコンペティションの応募用紙を200枚印刷しただけだった。あとは電気の名義変更とインターネットの申込と木曜恒例の会議で一日が過ぎ去った。

インターネットは日本のブロードバンドよりは少し劣るが、それでもかなり速い。しかもモバイルなので非常に便利である。これでブログの更新も頻繁にできるだろう。
晩飯は同居人の岸田さんに作ってもらった。かなり真面目な料理だった。もちろんおいしかったが、逆におかえしに今度は私が作るということは恥ずかしくてできない。ということで、皿洗いでお返しした。

6月19日
10時のお茶会で私の誕生日を祝ってもらった。本当は明日が誕生日なのだが今日は金曜日なので。職場で誕生日を祝うのはフィジーの習慣らしい。ありがとうございました。また、秘書のアンジーが今日でやめることになった。

その後洗濯機を600ドル(3万円)で買った。口座の金が150ドルぐらいまで減少した。そろそろやばいか。
今晩は同居人の岸田さんと近所に住む隊員の松下さんと、ナンディーの吉川さんが私の誕生日兼引っ越し祝いをしてくれた。3人が料理をしている横で私はワインをのんで冷やかしたり、ギター引いて歌ったりと、ダメ人間全開だった。料理が出来上がるころには既に、私は酒で出来上がっていたが、その後はみなさんからメッセージカードや、プレゼント、誕生日ケーキ、誕生日ソング等いっぱいしていただいて、本当に感謝、感謝の1日だった。

●過去を振り返って
誕生日を祝ってもらうなんて10年以上ぶりだ。なんだか照れたが素直に嬉しかった。

6月20日
今日は私の31歳の誕生日である。フィジーやその他の国々の隊員から誕生日メールを多数いただきまして、この日も感謝、感謝の1日だった。私はこれまで、こんなにも多くの皆様から祝っていただくほどのことを周囲の人々にしたかと言えば、さっぱり記憶にない。皆さん優しすぎます。
去年まで誕生日と言ったら、一人で菓子パンかじって、酒飲んで、その後特にすることないから寝るというパターンだった。文句あるかと、やりたいことをやりたい風にやって、その結果一人酒という状況には納得していたのだが、この状況の変化は一体何なのか。私自身急に人格者になったということもあるまいに。しかしながら、今後私がこれにどう対応していくのかをこれから真面目に考えなくてはいけない。

6月21日
今日も何人かの方々からお祝いメールをいただいた。ありがとうございました。
今日はスーパーに行って、新しいスパイスを買ってきてカレーを作った。しかし45点ぐらいだった。しかし、逆に55点分の改良の余地があるので楽しみでもある。
一週間前に買ったキャッサバが駄目になっていた。意外に寿命が短かった。残念なような、もうキャッサバ食べなくてよいとホッとしたような。
夜には岸田さんと松下さんとギター引いたりして過ごした。私だけ酒飲んで、いらんことばかりしゃべっていたような気がする。

6月22日
朝、家を出ようとしたとき鍵がないのに気づいて、あわてて探したが、見つからないので、岸田さんと一緒に出て、一緒に帰ってきた。家に帰ってすぐに探したら、覚えがないのに引出しに入っていた。サザエさん的だ。
仕事はコンペティション関係の作業を一日中していた。今日は真面目に仕事をしていた。
昼飯の弁当がまずかった。作るのやめようか考えている。
晩飯はおいしかった。岸田さんが美味で安心で健康的なものを作ってくれる反面、私は日本でみたことのないような野菜で実験的に野菜炒めを作った。60点。
今日も何人かの人にお祝いメッセージをいただいた。人生のスリーセブン的だ。

6月23日
今日は弁当作るのはお休みした。昨日までは6時半に起きていたが、今日は7時に起きて、それでも出発まで時間が余った。
仕事の方は今日も黙々と書類を作成していた。この日は職員の半分がスバに行っているので静かだった。
昼飯は岸田さんと一緒に、岸田さん一押しの中華料理の店に行った。チキン野菜炒めぶっかけ飯が3ドル50セント(180円)と値段も安く、しかもかなり美味かった。しかもチキンに骨が付いていない。弁当を自分で作るよりこっちの方が絶対よいが、明日からどうしようか。

●過去を振り返って
この店はラウトカバスターミナル横にある「ナニース」という店だ。中国人のおばちゃんがやっている店で、安いし非常に美味い。たぶんこの店には200回ぐらい行った。また行きたい。フィジーNo.1の店だと思う。

6月24日
今日の昼飯はローカルの間で評判のカレー屋に行った。確かにフィジーでこれまで食べてきたカレーで一番だった。スパイシーでありながら味もしっかりしており、辛過ぎず、塩辛過ぎず、油っこ過ぎず。すべて適度であった。
晩飯はオリジナルフィジーラーメンとしてココナッツミルクラーメンを思いつきで作った。ココナッツミルクにスープストックとチリを入れて作った。味はまあまあであったが、もうひと工夫必要だと思ったが、どうすればよいのか、現時点では思い浮かばない。岸田さんはおいしいといっていたが、まだ人に出せるレベルではないか。

●過去を振り返って
このカレー屋は市役所の近所、ラウトカホテルの先にある、「マドラスカレーハウス」だ。この店もよく行った。フィジーのカレーは本当に美味しい。

6月25日
今日は仕事で非常に不愉快なことがあった。家に帰って、先輩隊員(花沢さん)の土産物の高級ウイスキーで憂さを晴らしていたら、岸田さんと松下さんがご飯を作ってくれた。さすがに悪いと思って遠慮したものの。今日は祭りだからとか言って励ましていただいた。2人とも優しすぎます。その後はギターで一曲歌っては一口飲む感じで、ご飯ができることにはすっかり出来上がってた。皆さんに支えられてこの先もがんばれそうです。

●過去を振り返って
この時何があったか、思い出せない…。でも不愉快なことなら忘れてしまっていいだろう。

6月26日
嫌なことがあっても一晩飲んで起きれば、もう気にしないのが大人の流儀。しかし昨日は酔っ払って洗濯して、干すのを忘れていたため、濡れたシャツを着ていくはめになった。
仕事に関して、そろそろ他人の思惑に左右されない、自分の活動がしたくなってきたので、この2、3週間で準備していた「ポイ捨て調査企画書」の完成を急いでいる。この企画が通れば3か月以上一人で、ずっと街でゴミの数を数えることになるが、その努力の成果がまとまれば、その後考えているポイ捨て禁止啓発教育や対策の提言など、説得力を持って実行できるはずである。来週から活動したい。
先週からタンスの中で育てていたモヤシが腐ってきたので誠に遺憾ながら廃棄することになった。栽培に成功すれば食卓に革命が起きるはずであったのだが。

6月27日
ラグビー日本代表の試合を見に行った。試合はラウトカで行われ、今日は休日でもあり日本人として必ず行かねばならない試合であった。ラウトカ市チャーチルパーク、日本vsトンガ、12時10分開始、スタンド席15ドル(800円)。私と、いつもの岸田さんと松下さんと、ランバサから来た佐伯さんと、スバから来た本山さんとで行った。また、スタンドの隣に座っていた、日本人ラグビーファン(会社を休んで、ラグビー見るためにフィジーに来たそうな)夫妻と一緒に応援した。彼らはサイン入り日の丸国旗を持ってきていて、日本が点を取るたびに、それを私と旦那と二人で掲げた。しかし、全体的に日本人は少なく、アウエー状態だった。また、後ろはVIP席で市長さんも応援に来ていた。
さて、試合は僅差で日本が勝った。最後トンガがゴールキックを入れていれば引き分けだったが、外した。私はあまりラグビーに詳しくないが、基本的にトンガの方が格上であり、日本がトンガに勝つことはすごいことだとの旦那の話。引き続いてフィジーvsサモアの試合が行われた。フィジーの応援は熱狂的で、チャンスの時にはみんな総立ちになって応援していた。そのかいあってか、試合はフィジーの逆転勝ちだった。

その後、家に帰って皆で食事をすることになった。家に着いたのが5時半ぐらいで、女性陣は7時半ごろに料理を持ってくるとのことであった。我々も何か作るつもりであったが、断水していたため、料理は置いておいて、まず飲むことにした。スバの本山さんが持ってきてくれたジョニクロ12年をありがたくいただいた。
しかし、嬉しさ余って飲み過ぎた。いつもの癖で余計なことをペラペラと喋りだした。女性陣が料理を持ってくるのが8時過ぎになるという知らせが入ったことにより、料理は味よりもタイミングの方が大切であるという自説を延々と展開していた。岸田さんも本山さんもそれは正しいけど、彼女らの前では言ってはだめだよ、と念を押されたが、試合開始1分、女性陣の前で、お構いなしに料理とタイミングの話を披露して、部屋に緊張が走った。そしてその直後トイレにいって…、その後記憶がなく、気づいたらベッドの上、午前3時だった。もちろんすべてが終わっていた。
→翌朝、後悔と反省の念を持って、シンクとテーブルに残された大量の皿を一人で洗ったのであった。

6月28日
今日はJICA専門家の送別会が職員(ローカル)の家であるので12時に迎えに来ると言われて待っていたが、1時になっても来ないので、今日はもう来ないだろうと思って、ウイスキーを飲みはじめた。すると1時半ぐらいに迎えが来て、正直行きたくなかったが、義理もあるし、しぶしぶついていった。
向こうではみんな揃っていて、ビールを回し飲みしていた。私はすでに出来上がっていたので、コップ3杯ぐらいで眠くなって寝た。しばらくして料理が出てきた。フィジー料理のロボだった。地面に穴掘って、焼いた石を入れて、その上にバナナの葉でつつんだ、肉、魚、野菜等を入れて、上から土をかぶせて蒸し焼きにする。非常においしかった。
しかし、夕方から来客があるため、私は食後すぐ家に戻った。お土産として料理を持って帰って岸田さんにあげた。
今日の客はコロ島という離島からきた田守さんである。他の隊員の職場を見学したいとのことでラウトカにやってきたそうな。田守さんが家に到着したのは9時頃で、食事も済ませてきたとのことだったので、3人で少し酒を飲んでお話した。そして私はギターと歌を何曲か披露した。昨日もらった貴重なウイスキーが8割方消費してしまった。昨日の晩から飲みっぱなしだった。
コロ島はきれいなところと評判であるので、田守さんに行きたいですと言ったら、ぜひ来てくださいとのことだったので心強い。

●過去を振り返って
この日の送別会に対する俺の態度は最悪だった。反省している。

6月29日
午前中に同僚と環境スローガンコンペティションの応募用紙を同僚と配りに行った。今日は2校だけだったが、両校とも非常に協力的であった。そのうちの一校が3Rに関する取組に熱心だったので様子を見学させてもらった。ペットボトルを校内で回収しているとのことであったが、フィジーでは基本的にコカコーラとフィジーウォーター以外のペットボトルは回収してもお金にならないのでここでもそれは回収していないとのことであった。
なお、その回収袋にはペットボトルより他のゴミの方が多く入っていて案内してくれた先生も苦笑いだった。また、落ち葉をコンポスト化しているとのことだったので見せてもらった。落ち葉を腐らせたりせずにそのまま畑の土に混ぜていた。そこで、チンゲンサイを育てていたが、たぶん落ち葉が分解されて肥料になる前に、チンゲンサイは収穫時期を迎えるだろう。3Rの取り組みに熱心なのだが、少しやり方に問題があるので、今後改善のための手助けができないだろうかと思う。
昼飯はいつもの中華料理屋でヌードルスープ4ドル(200円)で食べた。うまいやすいヘルシー鶏肉の骨がない等ハイレベルであった。
家に帰って晩飯はロティー(インド風うす焼きパン)に挑戦したが、見事に失敗。色々やり方を変えてやってみたがすべてうまくいかなかった。失敗作が皿に山盛りになり、それを岸田さんの待つ食卓に並べることの気まずい事…。

6月30日
日本の家族から荷物が届いたので郵便局に受け取りに行った。メインはワイシャツ等の衣類なのだが、酒類も少し頼んでおいたが、これが失敗だった。安い紙パックの麦焼酎1.8L(日本だと1300円相当)の税金を80ドル(4000円)もとられた。この手の蒸留酒は1Lあたり40数ドルの税金がかかるらしい。ただ、もう一つの日本酒の小瓶はもう少し税金が安かったが、全体で118ドル(6000円)払った。大ダメージだった。酒には多少税金がかかるであろうことは予想できたので、荷物リストのsakeって何だ?と質問されたときに、同封の鰹節パックがsakeだと言い張って誤魔化そうとしたが、荷物すべてを調べられたため失敗した。ところでこちらが必死に郵便局職員と闘っている間、関係ないのにとなりで茶々を入れてくるフリーバード(近所の日本人だらけの語学学校)の人たちがわずらわしかった。

7月1日
今日は3つの学校に行ってきた。一応コンペティションに対して理解してくれたが、前回行った学校よりは熱意がないような…。
同僚が説明して私が補足をするという役回りであるが、同僚が賞金付きだぜ、みたいな説明をするのに対し、私は環境意識を啓発するのによい機会ですという説明をしている。
なお、ポイ捨て調査の企画書が完成したが、カウンターパートが忙しそうなのでまだ話せないでいるのがもどかしい。

7月2日
英語はうまくならんが、ギターと歌だけは上達してきた。

7月3日
ポイ捨て調査の企画が通った。といっても、調査自体私一人でやるし、反対はされないだろうと思っていた。正直カウンターパートはJICAプロジェクトの3R関係の業務で多忙であり、私のやろうとしていることにはあまり興味なさげだった。まあ、今後の展開は、調査結果次第である。このために、ゴミを数えるカウンターや、ゴミを拾う火ハサミを日本から輸入し、最近導入したブロードバンドインターネットを生かしてのネット上での文献調査も十分に行い、準備は万全である。3か月以上かけてやる本格的な調査なので、当分退屈しなくて済みそうである。
以下が企画書(図表省略)である。

Detailed littering survey in Lautoka (plan)
○I plan to survey the littering situation in Lautoka in order to gather the basic littering information. I will make the effective educational program and propose the optimum countermeasures of littering problem based on the survey result.
1 Back ground
Today, Lautoka citizens are worried about littering problem seriously.
According to the public opinion survey (Kokusai kyogyo company LTD,Feb 2009), 95% of the respondents from households thought that there were rubbish-related problems in Lautoka city.
Moreover, when asked to identify what rubbish-related problems existed in Lautoka city, the respondents identified littering problem (Figure 1).
Therefore city council is desired to deal with litter problem more eagerly.
And we have to research detailed littering situation in order to make up the effective solution.

図省略
Figure 1 What kinds of rubbish-related problems are there in Lautoka city?
(Source:Kokusai kyogyo company LTD,Feb 2009)

2 Overall Goal
? Keep Lautoka free of litter
? Reduce the public area cleansing cost
3 Project objective
? Make an effective educational program based on the experience
? Suggest optimum countermeasures based on the scientific date
4 Survey plan
? Literature research
To grasp how to research the litter
To gather the case example of countermeasures against littering

? Hearing research for the inspecters
To grasp area cleansing situation (service covered region, frequency,working time etc.)
To grasp current clean-up activity situation without the public cleansing
To grasp complaint from the residents about litter

? Broad area survey
To grasp the general litter situation in Lautoka directly
To develop the litter survey method
To survey the litter number and composition
To find out serious area (needed countermeasures especially)
・Method: Walk around the city to watch littering situation as much as possible

? Typical area survey
To gather the scientific data of litter (number and composition) in the areas
・Method: Count litter in the typical areas (frequenly complained areas, searious littering areas recognized by Broad area survey
Concretely,I picked up litter completely on ○○street/park at 1/7/2009. After 1 week, I counted the number and compostion.)

? Fixed-point survey
To grasp who throw away litter and what kinds of litter
・Method: After broad survey, in typical(serious) areas I will also survey more detailed littering situation such as the litter number,composition,those who throws away littter ,number of walking people and littering people, etc.

? 【Extra】Verification survey(after taking countermeasures)
To verify the effect of the countermeasures (For example the effect of rubbish bin, awearness poster etc.)
→→propose more effective solution about litter problem

5 Role
? Basically, I will conduct every survey alone
? I would like the inspectors to give information and advice to me, and make educational program and consider the solution on the result together.
6 Time table
Time table is changeable depend on situation
July August September
タイムテーブル省略

7 Others
? When I have to do other task(for example environmental symbol competition), Iwill give priority to it or I will deal with the survey half day and the rest day I will other dask.
? I will make up the report and submit it to LCC after survey.
? If I can cooperate with JICA project on this field, I want to do aggressively.
8 Action after the survey (just my plan now)
? I will consider and propose the anti-litter plan based on the survey data.
? I will make educational materials with inspectors.
? Inspectors will perform the 3Rs awareness activities (class lesson, instruction of composting?) for the communities in pilot area in this year and moreover in whole Lautoka area in next year. After the activities (I follow inspectors), I will be given about 10minites and give the anti-litter lesson.

Reseach Paper example (Broad area survey)
【Purpose: to see genaral littering situation】

Date:1/7/2009
Time:AM 10.30
Place:○○street/park
Last cleansing date: 29/6/2009, morning
Weather: fine(but it was rainy last night)
The situation then: Three was nobody

☆Litter research result
・local bus ticket 23
・pet bottle 12
・snack package 8
・aluminum can 5
☆Remarks column
・There was greenwaste bulk (picture 1)
・A lot of amall paper scurap scattered(picture 2)

Map(略)

Reseach Paper example (Typical area survey)
【Purpose: to grasp litter number and composition 】
○Research method: I picked up litter completely on ○○street/park at 1/7/2009. After 1 week, I counted the number and compostion.

Start Date:1/7/2009, AM 10.30
End Date: 7/7/2009, AM 10.30
Place:○○street/park(125m2)
Weather: fine without 3/7/2009(rainy)

☆Litter research result
・cigarette package 32
・local bus ticket 23
・pet bottle 12
・snack package 8
・aluminum can 5
Total:80 (density 0.64/ m2)

☆Remarks column
・There was greenwaste bulk (picture 1)
・A lot of amall paper scurap scattered(picture 2)

Reseach Paper example (Fixed-point survey)

Date:1/8/2009-5/8/2009
Time:PM 15.00-18.00
Place:in front of MH supermarket
Cleansing date: 3/8/2009, morning
Weather: 1/8-4/8 fine, 5/8 rainy
The situation then: Three were a lot of people

☆Litter research result
1/8/2009
・15.05 ,school student threw away cigarette package
・17.45,old man, snack package


2/8/2009
・16.15 ,old man threw away pet bottle
・17.05 ,student, pet bottle
・11.45,student, snack package

☆Remarks column
・waste picker picked up aluminum can (picture 1)
・A lot of amall paper scurap scattered(picture 2)

7月4日
今日は同居人の岸田さんが不在であるが、料理実験を行った。前回のロティー(うす焼きパン)は失敗したが、今回は全粒粉ではなくて普通の小麦粉でやってみたら、普通にうまく行った。しかし、風味がいまいちなので全粒粉を少し混ぜたら一層良くなった。あとはサバの缶詰と玉ねぎでカレーを作って、ロティーと食べた。
しかし作ってかたずけるのに2時間で、食べるのに10分というのは割に合わない気がする。
あとは一人酒飲んで気づいたら床で寝ていた。

7月5日
朝起きて飯作って食べて、酒飲んでギターで歌って寝た。今日は何一つ生み出さなかった。

7月6日
いつも仕事は一日一歩進めば上出来と思っていたが、今日はコンペティションのビラ配りとポイ捨て調査の準備が両方進んでよかった。
そして作業中にふと昔東南アジアで食べた海南チキンライス(ご飯の上に茹でたチキンが乗って、コリアンダー(パクチー)風味のたれがかかった庶民的なご飯)が食べたくなって晩御飯に作ることにした。正直たれの味は忘れたので、ナンプラーと生姜とニンニクとごま油で適当に作った。全体的に味はまあまあだったが、改良の余地が大きい。
また、それとは別に昨日私が缶詰の魚で塩焼き作ったらいまいちだったとKさんにぼやいていたので、今日岸田さんがマーケットでアジのような魚を買ってきてくれて、捌いて焼いてくれた。ベリーグッド。
という事で今日は御馳走だった。

7月7日
昨日は2歩進んだが、この日は停滞していた。家でしょんぼりしていたら、近所の松下隊員が訪ねてきて、彼女の学校で環境に関する授業をやってほしいと依頼された。もちろん環境隊員としてそれを断ることはできず、引き受けた。かなり易しいレベルでやってほしいとのことでそれは実はかなり難しい。明日から内容を考えたい。

7月8日
引っ越してからバスで職場に来ていて、8時10分ぐらいに着いていたが、夜遊びしてんのか、とか、寝坊したのか、とか最近よく聞かれていた。どうもこの職場は8時に来なければならないようである。これまでずっと8時半だと思っていた。配属されて3か月ぐらいでやっと気づいた。フィジー人もびっくりである。

7月9日
ようやく市内の全学校に応募用紙を配り終わって、次の作業ができると思っていたら、次はどこに配るんだ?と聞かれてしまった。明日からもこの仕事は続く。
一応自分もコンペティションに応募しようと思ってスローガンを考えてみた。2時間考えて出てきたのは、「スウィープ スイート ラウトカ(素敵なラウトカ市を掃除しましょう(ラウトカはサトウキビの街であるのでスイート?))」である。30過ぎのおっさんが2時間考えてこの程度かと思うと情けなくなった。

7月10日
仕事の後、チームラウトカ3人組でノーザンクラブという会員制の飲み屋に行った。私は会員ではないが、他の2人が会員なのでOKだった。年会費100ドルでバーを始め、テニスコートやプールが使いたい放題で、特にバーのビールは一杯2.1ドルと他の店の半分ぐらいの値段でお得である。客層は白人が多く、また、健全で安全な感じのする上流階級の社交場である。しかし私はそういう人間でないので落ち着かなかった。

7月11日
土曜日。日中に水道と電気が止まって困った。水がないから夕方からワイン飲んだ。

7月12日
空白の一日だった。立ち止っている暇などないはずなのに。

7月13日
今日はコンペティションの応募用紙を一般の施設に配りに行きたいと同僚にお願いしていたのだが、彼が一日中忙しかったので結局できなかった。彼も仕事だし、こちらの都合ばかり言うわけにもいかないものの、締切もせまってきたので困っている。
家で岸田さんから理学療法の実験台になって欲しいと言われたので、進んで協力を申し出た。しかし私はくすぐったがり屋なので、体を触られて、こらえきれず、爆笑しつづけたため、すぐにもういいですといわれてしまった。申し訳ないやら情けないやらでしょんぼりだが、これは不可抗力なのでしょうがなかった。

7月14日
コンペティションの応募用紙をメイン通りの目立つ店に配った。一緒に行って欲しいと同僚の何人かに頼み、タライ回しにされながらもようやく配り終わった。JICAプロジェクトのコンポスト実験が始まろうとしているので参加させてもらえるようお願いした。養護学校への環境教育の準備もあるし、ポイ捨て調査もしたいのだが、平均一日一歩で一日が終わる。

●過去を振り返って
あっさり書いているが、コンポスト実験は今後の活動の柱となった。これに参加させてほしいと頼んだのは超ファインプレー。これによりようやく自分の活動が軌道に乗り始める。

7月15日
昼飯食べに外にでたら、偶然ボランティア調整員坂田さんと理学療法士隊員の面々に出くわし、ラウトカ一おしゃれなカフェで一緒にランチした。坂田さんのおごりで。色々お話を伺ったが印象的だったのは現在の同居人の岸田さんが帰国したあと、次の隊員がくるまでの3ヶ月間一人暮らしをしなくてはならないことだった。アル中にならないように気をつけなくてはいけない。
午後からマーケットでビラを配って一日が終わった。

7月16日
先日近所に住む松下隊員の写真付きインタビュー記事が新聞に載ったので、それを部屋の壁に貼った。いつかそれぐらいの活躍ができるように精進したい。

7月17日
bakoncostコンポスト化実験の見学に隣町のバに行ってきた。商業化できる肥料を作るための実験であったので、かなり手間がかかっていた。材料はサトウキビのカスと鶏糞で、一日二回かき混ぜているとのことであった。私たちの実験は生ゴミと木のチップで作ろうとしていて、製品は商業化はめざしていないので、そのまままねをすることはできないが、良いものを見せてもらった。
仕事の後、ラウトカを訪れている隊員とラウトカ隊員の8人でレストランでお食事会をした。その後先週も行ったクラブで飲んでからその日はお開きであった。

7月18日
土曜日。朝の6時半から花沢隊員とマーケットに魚を買いに行った。一しきり見た後、いいのがなかったので、港までいっていい魚を仕入れてきた。家に戻って、彼が魚を捌くのをじっと見ていた。大きい魚なので捌くのに四苦八苦であったが、魚をさばく男の姿はかっこいいと思った。近いうちにまねをしようと思う。その後水が止まったので、作業を中断して隣町のナンディーに行った。sakananadiennichi
今ナンディーはお祭りをしているのでかなりにぎやかであった。移動式の遊園地、縁日的な出店が並んでいて興味深かった。昼になって、日本食の店に行って飲み食いしたら2人で91ドル(4500円)にもなった。私は日本酒を4合(1合6ドル)のんで彼もビールを数本のみ、寿司やてんぷらも注文したので、すごいことになった。昼間でこういう人はめずらしいと店の人に言われた。帰ってきて4時半で、色々準備をして今日は我が家でお食事会を開催した。花沢隊員の刺身とあらのスープは絶品だった
。また、岸田さんのローストチキンや本田さんのスパゲティー、松下さんのサラダもあって、非常に豪勢だった。私はホストであるにも関わらず、何も作らず飲んでばかりであった。今日もメンバーは8人。そのうち同期が4人で、そのほかの人もおなじみの人たちだったので、気を使わなくていい楽しい時間を過ごした。この会は一応お誕生日会で、ランバサの三崎さんと本田さんと湯川さんのお祝いをした。また、マーシャルにいる同期も今日は誕生日なので電話をして気持ちを伝えた。
また、女性理学療法士隊員の方々にその技法を学ばしていただこうとしたが、顔を隠されて、何かで体を突っつかれて治療終了だった。ぼったくりだった。
あとは飲んでギター、ウクレレ、歌とおしゃべりで楽しく過ごした。
これほど賑やかな我が家もこれが最後かもしれない。今回の集まりは同居にの岸田さんの力によるところが大きく、岸田さんが帰国するとこうはいかなくなるだろう。一夜の夢だった。

●過去を振り返って
はっきり言って、俺は社交的な人間ではないが、この時代は多くの人と触れ合えて本当に良かった。でもやはりコミュ力がないので、酒の力も借りなくてはならなかった。

7月19日
今日は真面目な一日を送ろうとしていた。しかし朝から花沢隊員にビールを注がれてからは、飲んで歌って寝るのグータラな一日をすごしてしまった。

●過去を振り返って
この花沢隊員は俺より少し歳上なのだが、本当に酒と肴を愛する趣味人だった。俺のように酔っ払うだけの酒飲みとはレベルが違った。

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