青年海外協力隊奮闘記:目次

0.はじめに
日記の説明など。
補足として青年海外協力隊とは?フィジーとは?を簡単に説明している。

1.フィジー初日~首都で研修
日本を出発してフィジーに到着した。
周囲に同期隊員がいるせいで安心して緊張していない。
フィジーではいきなり活動を始めるわけではなく、首都で2週間ほど研修を受けてからになる。

2.フィジーの村にホームステイ
研修の一環として、フィジーの村でホームステイをした。
都会と異なり、スローな日常が展開されていた。
しかし、驚愕の事件が起きて、フィジーの恐ろしさを知った。

3.任地赴任前準備 嵐の前の静けさ [ラウトカ市赴任前準備]
研修が終わり、1週間ほど任地に赴任するための準備をした。

4.超緊張!職場へ赴任[本当の意味で戦いの始まり]
ろくに英語も話せぬまま、任地に赴くことになった。
本当にヤバイと思ったので、前夜はほとんど寝れなかった。
しかしそれでもなんとか職場に落ち着くことが出来た。

5.仕事始め[いよいよ仕事を始めようとするが…]
赴任して2,3週間が立つ頃、そろそろ仕事を始めたいと思って同僚に相談した。
しかし、あまりはっきりした答えは帰ってこない。しかし、あまり期待されていないことは分かった。
ホームステイはなかなか大変だった。

6.JICA専門家の軍門に下る[JICA専門家がやってきた]
自分の活動を見つけることが出来ず。苦しい日々が続いていた。
そんな折、JICA専門家たちがやってきた。
隊員とは競合する部分もあるが、結局、彼らの元で仕事をすることにした。

7.環境シンボル&スローガン募集キャンペーン[初仕事]
あまりやることがなく。自分の存在意義を見つけられないまま時間は過ぎていった。
そんな時、「環境シンボル&スローガン募集キャンペーン」が始まることになり、これを担当することになった。
ホームステイではトラブルがあって、かなりストレスが溜まっていた。

8.隊員との交流が楽しかった[私生活充実・仕事停滞…]
ホームステイが終わり、他の隊員と二人暮らしを始めた。
窮屈なホームステイとは異なり、酒も飲めるし、様々な隊員と交流をもてて楽しかった。
仕事は環境シンボル&スローガン募集キャンペーンを担当していたが、あまり貢献できてなかった。

9.仕事は少しずつ前進[マーケットの分別収集が始まる]
自分の軸となる活動が見つけられず、暗中模索の日々だったが、コンポスト事業にかかわらせてほしいとお願いして、これが今後の活動の軸になった。
気分も少し楽になり、はりきって活動を始めた。

10.コンポスト計画が突如進む[変な男に殴られた]
コンポストの仕事に励んでいたが、少し気が緩んだのか、変なおっさんに殴られた。
他に、首都でジャパン・フェスティバルがあって、風呂敷の実演を企画した。

11.忙しい・充実・別れ [忙しいは嬉しい]
赴任して3,4ヶ月はやることが見つからず、鬱憤が溜まっていたが、この頃はその悔しさをぶつけるがごとく仕事に邁進していた。
忙しいのは大変だったが、十分に活動が出来て充実していた。
プライベートでは同居人が帰国して、以後しばらく一人暮らしをすることになった。

12.一人で仕事と趣味を淡々とこなす[一人暮らし]
活動は順調だった。
一人暮らしになって、元来社交的でない自分は料理研究を趣味として静かに暮らしていた。

13.良いこともあれば悪いこともある[トラブル・トラブル]
日々活動に勤しんでいた。
しかし、まだちょっと仲間とは思われてなかったようで悲しい気持ちになった。
趣味で始めたゴルフはトラブルになった。

14.最も忙しい時期[忙しさMAX]
2年間で最も活動が忙しい時期だった。
大変だったが自分の存在意義を見いだせて嬉しかった。

15ダイビング・サイクロン[サイクロンの脅威・年末モード]
せっかく南国フィジーに来たのだからとダイビングのライセンスを取りに行った。
年末にはサイクロンがやってきて、怖い思いをした。

16.年が明けても頑張る[ハッピーニューイヤー]
年が明けた。
一時の忙しさはなくなったものの、地道に活動を続ける日々。

17.新同居人アリ―との生活[新同居人登場]
前の同居人が帰国してから4ヶ月間一人暮らしをしていたが、新しい同居人「アリー」がやってきた。
豪快な性格の彼との生活は楽しかった。

18.金欠の日々[金が無い]
JICAからは生活費をもらっていたが、飲み食いしすぎて金欠だった。

19.フィジーに来て一年経過[1年経過]
フィジーに来て1年がたった。
同期隊員の一人が任期短縮で帰国した。

20.ぼちぼち仕事[平穏な日々]
仕事は小康状態。ぼちぼち活動していた。
日記もこの時期は行数が少ない。

21.毎日飲み食い[飲んで食べては…]
俺はインドア派だったので、休日は家で料理研究をすることが多かった。
材料は不足していたが、工夫で補うのは楽しかった。
仕事はそろそろ結果が出始めていた。肥料が完成してホッとした。
また、サーフィンに初めて行ったが、死にかけたので2度と行かなかった。

22.肉体労働の日々…[また仕事が忙しくなる]
再び仕事が忙しくなった。
相変わらず英語は苦手だったが、仕事のやり方はわかってきたので、活動はスムーズだった。

23.シュガーフェスティバル[街も自分もお祭り]
ラウトカ市のお祭り「シュガーフェスティバル」が開催された。
仕事でもプライベートでもシュガーフェスティバルと関わった。

24.フィジーの学校環境教育[クリーンスクールプロジェクト]
スクールクリーンプロジェクトとは、学校での廃棄物処理に対する啓発活動である。
今後はこれが活動の一つになった。

25.JICA環境隊員広域研修[大洋州環境関連隊員広域研修]
「大洋州環境関連隊員広域研修」が5日間の日程で始まった。
フィジーは受入国だったので準備が大変だった。
しかし、優秀な他隊員や相棒のシャレンのおかげで成功に終わった。

26.フィジーも残り半年[残り半年]
早いもので、任期も残り半年となった。
活動は順調。プライベートでは相変わらず酒酒酒…。

27.フィジーの雨季[雨季の始まり]
雨季が始まった。植物の生長が異様に速い。
仕事は少し落ち着いていた。
また、ディワリというインドのお祭に参加できて想い出深い。

28.ブラフェスティバルのゴミ拾い[ナンディ・ブラフェスティバル]
となり町、ナンディの「ブラフェスティバル」のゴミ拾いに参加した。
仕事は相変わらず忙しいが、クリスマスには癒やされた。

29.フィジー第2の島・バヌアレブ島[バヌアレブ島旅行]
フィジー第2の島である、バヌアレブ島に旅行に行ってきた。
目的はフィジー名物「チョプシー」の調査である。

30.あと3ヶ月[最後の御奉公]
任期もあと3ヶ月となったが、また新しい仕事を仰せつかった。
袋のロゴを書くという単純作業だが、最後の仕事と思って一生懸命取り組んだ。

31.フィジーに家族を招待[一族来訪]
フィジーに家族を招待したが、何故か親戚まで来て、総勢8名の旅行になった。
仕事はペンキ塗り。大変だった。

32.仕事納め[ついに活動終了!]
いよいよ活動が終結した。最後には同僚たちから感謝の言葉をいただき泣きそうになった。

33.無事任期満了で帰国![さよなら、フィジー]
帰国の時は絶対泣かないと宣言していたのに泣いてしまった。
2年ぶりの日本はラーメンがうまかった。
しかし、これから始まる日本生活を楽観視していなかった。

34.帰国後キャリアアップ研修など[帰国直後]
帰国して3日ぐらいはJICAの研修がある。
震災後の東京は計画停電で暗い雰囲気だった。

35.ありがとうフィジー、ありがとう協力隊[旅の終わり(総括)]
これまでの活動を振り返った。
フィジーと協力隊にはありがとうの言葉しかない。

<番外編>
表敬訪問など[(番外編)出発直前]
フィジーに出発する前の記録。
自治体への表敬訪問など。

青年海外協力隊派遣前訓練[青年海外協力隊派遣前訓練]
長野県駒ヶ根市で行われた派遣前訓練の記録。

技術補完研修 インタープリテーションを学ぼう[環境教育隊員技術補完研修]
派遣前訓練の前に行われた技術補完研修。
自然学校で環境教育の研修を受けた。

環境隊員技術補完研修 国際環境衛生講座[廃棄物技術補完研修]
2回めの技術補完研修。廃棄物に関しての5日間の研修。

<コラム>
青年海外協力隊合格までの道のりの記録
試験を受けて合格するまでの記録。
また、提出書類についても記録している。

青年海外協力隊の給料
青年海外協力隊の手当についてまとめている。
また、金儲け目的で協力隊に参加することについて考察している。

青年海外協力隊の実態
青年海外協力隊の実態を、体験談をもとにまとめた。
また、あるサイトを批判している。

これから青年海外協力隊へ参加する人へのアドバイス
元ヘボ隊員から、これから青年海外協力隊に参加する人へのアドバイス。
完璧じゃなくていい。欠点があっても、他で補える、ということ。

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