表敬訪問など

<概要>
駒ヶ根での派遣前訓練を終えて、2週間ほどは地元に帰って準備をした。
その間、大阪府と東大阪市を表敬訪問した。

出発直前は仲間がまわりにいるのであまり緊張せず、あっさりと日本を出た。

2009.3.16
表敬訪問①~大阪府
今日は午後から大阪府の表敬訪問に行ってきた。大阪府隊員は20名弱と非常に多い。14時開始で、まずは大阪府の海外関係の部署の人が激励してくれた。次に、外務省の大使のような方からお話をいただいた。なお、質問タイムの時に、我らがフィジーのスペシャルリーダーが、らしさを発揮してくれた。その後しばらく時間をおいて、18時からOV会主催の壮行会に参加した。このような壮行会を開いているのは大阪府だけということなのでありがたい話だと思った。お土産までいただいて恐縮だった。

しかし、思うに、皆さん義理ではなくて、本心からエールを送ってくださっていることは感じるのだが、人の話を一方的かつ次から次へと聞かされることはかなり苦痛である。特に立っているときはもういいよ、と思ってしまう。私は器が小さいのだろうか。

2009.3.17
表敬訪問②~東大阪市
今日は故郷である東大阪市へ表敬訪問に伺った。9時開始で市長と面会した。隊員は私一人であったが、そのほかにJICAの人と、市役所職員の3人が私のために集まってくれた。また、ケーブルテレビが来ていた。面会では、フィジーのこととか、現地で何するのか等を聞かれた。20分ぐらいで終了した。よそいきの態度のおかげで無難に終了した。役目は果たしただろう。
その後は家で訓練資料の復習と整理をしてすごした。

2009.3.20
準備にかかった金

今日で大体持っていくものがそろった。新たに購入した物品を記録する。

・パソコン及び周辺機器12万円
・ビデオカメラ4万円
・電子辞書4万円
・ウクレレ及び関連用具4万円
・スーツケース2万円
・酒1万円
・衣服1万円
・変圧器8千円
・靴5千円
・カギ等3千円
・その他1万円程度
合計30万円ちょっとか。あと、保険金7万円支払った。
支度金を40万円以上もらっているので大丈夫。あと現地でもいくらか購入するだろうが赤字になることはあるまい。
あと、円のトラベラーズチェックを50万円分、USドルのトラベラーズチェックを2000ドル分持っていく。全部使う事はないだろうが、金は非常に有効な武器なので、いざというときは惜しまないつもりだ。

明日荷造りをする。35kg以内に収めるのは一苦労であろう。スーツケースだけで6.8kgあるのだから、かなり絞らなくてはいけない。

しかし、買い物も荷造りもめんどくさい。最低限パスポートと航空券だけあれば現地にいけるので、手ぶらで空港に現れたら、すごくかっこいいのではないかと思った。

(追記)
現時点で重量を量ったが25kgだった。おそらく体積の方が問題になってくるだろう。

●過去を振り返って
電子辞書はあまり使わなかった。
保険も結果的にかける必要はなかった。
トラベラーズチェックも使うことはなかった。

しかし、ほとんどのものはフィジーで手に入るし、金さえあれば手ぶらでも何とかなったに違いない。

3月22日【出発前夜】
今日は一日中準備に時間を費やした。ケータイ解約して、髪を1mmに刈りに行って、パソコンにいろいろデータつめたり、日本の紹介のための写真を撮ったりetc。
ところで、ケースにつめる荷物はあれもこれもという感じでいたら、重量制限の35kgを少し超えてしまったので泣く泣くウイスキー2本を置いていくことになった。
しかしこんなに荷物を持って行くのは正直かっこ悪いと思う。自分の記憶力や語学能力が確かなら、デジカメもビデオも辞書も書籍も必要ない。衣服や日用品も現地に到着次第でスマートに入手したいところだが…。そのかわり、終わりは手ぶらで、経験と思い出だけを手土産に戻ってきたいものだ。

日本を離れるにあたって、あまり感慨もわかない。ちょっと行って帰ってくるような感じだ。2年後確実に帰ってくるつもりだからだ。それより、協力隊に合格してから、何か月も待たされて、ようやく戦いの場に赴けるのが嬉しい。明日からは三日月に自らの困難を願った山中鹿之助の心境で臨みたい。

●過去を振り返って
合格発表から7ヶ月経っていた。

3月23日:成田にて~出発直前
現在18:00、私は成田空港の無料インターネットセンターで出発までの時を過ごしている。あと1時間後には空の上、9時間後にはフィジーの土を踏むことになる。かつては海外に行く前夜は興奮してなかなか寝れなかったものだが、今回はまったくの平常心。2年も日本を留守にするというのに、やる気は満々なのだが。感動があまりないのは少し残念に思うが、向こうに行ってピンチになっても冷静でいられたら良いと思う。

今朝ははやくから、フィジーの人たちに日本のゴミの出し方を紹介するために町の写真を撮っていた。そうこうしているうちに、旅行会社の人から電話がかかってきた。
今朝は成田空港で貨物便が着地に失敗して炎上したため、ダイヤが大きく乱れているとのこと。当初伊丹から成田の便に乗る予定であったが、成田に着陸できないということで羽田まで飛んで、そこからバスで成田に来た。アメリカ行きの便とかは欠航が多いが、フィジーの便は問題なく飛んでくれる。荷物の重量オーバーも何とか切り抜けたし、日本にはもう何の心配もない。しかし、明日からは問題だらけの毎日になるので、飛行機の中はワインとか飲んで、何も考えず休みたい。

●過去を振り返って
興奮して寝れなくなったのはこの3週間後。一人で職場に赴任した時だ。

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