あと3ヶ月

<概要>
年も明けて、帰国まで3ヶ月ほどになった。
あとは、これまでやったことをまとめて、綺麗に終わらせようと思っていたら、袋のペンキ塗りを命ぜられる。
最後の御奉公としてペンキを塗りまくった。

1月4日
仕事始め。家で寝ている3人の学校隊員はもちろん今日も休みだ。新年早々さっそく怒りがこみ上げてくる。
昼休みにスバから真下さんがやってきてアリーも一緒に3人で昼飯を食べた。そのあと私の現場を案内した。私の最近のキャラの変わりっぷりに真下さんは驚いていた。
家に帰ってきてぐったり。しばらく休憩して晩飯は味噌汁ご飯。
9時半まで作業、その後ビール一本飲んで就寝。

1月5日
仕事が終わるちょっと前にアリーから電話がかかってきて、食料と酒を買ってきてほしいとのこと。キット君の彼女が日本から来ている。ということで、荷物抱えてタクシーで帰宅。
キット君には彼女に修行の成果を見せるということでチョプシーを作ってもらった。私は隣でモザツナマヨネーズを作った。
チョプシーは美味かった。師匠も鼻が高い。また、彼女さんがチリをかじって苦しがっているのは微笑ましかった。
その後4人で飲酒。彼女さんが梅酒を持ってきたのでがぶ飲み。一時間ぐらいで無くなった。
「私は今日も仕事だったので」すぐに疲れて眠たくなった。9時前就寝。
若いカップル二人は明日はリゾートに行くそうな。ふっふふ…。

1月6日
今日は一日中雨だった。本当は現場に行ってコンポストの袋詰めをやりたかったが延期した。オフィスで一日中作業。
帰ってきても作業。
今日はアリーがフィジーに来て一周年の日。特に何もしなかったが、とりあえず白バウンティーで乾杯。おかき食べて貝ひも食べて…11時ごろ寝た。

1月7日
金曜日。一日雨だった。ジャイカから帰国のための冊子が送られてきた。そろそろかなあと思ったので、日本に帰ってから3日間の東京のビジネスホテルを予約した。
夕方からSVのNさん家にお呼ばれしてみんなで行ってきた。超リッチなお宅だったので驚いた。ご飯も鮪の刺身が出るなどすごかった。食後は酒飲んで寝た。毛布が使えなかったので寒かったがよく寝れた。

1月8日
朝ナンディからラウトカに帰ってきて、マーケットでキャッサバを買ってきた。2ドルで山盛り。全部茹でて、昼飯と晩飯。残りは冷蔵と冷凍した。日本じゃキャッサバを食べることないから、記念のつもりだったが、量が多すぎる。しばらくキャッサバ祭りだ。
casssaba

1月9日
朝から作業。フィジーのミネラルウォーターについて考察していた。
夕方にキット君とその彼女がやってきた。キット君は鮫肉を持ってきたので、煮物にしてみた。鮫はこれまで食べたことがなく、料理の仕方も分からなかったが、とりあえず、臭みを抜くため下ゆでを2回行い、にんにくしょうがしょうゆさとうみりんで煮てみた。結果、独特のアンモニア臭が残っており、厳しかった。白身の部分はまだ食べられるのだが、それ以外がきつい。すごいインパクトだった。
あとは4人で酒盛り。かまぼこおいしかった。

1月10日
朝から短期隊員の中山さんが私の活動を見学しに来た。彼もコンポストがメインの活動になるので、私も全面バックアップを約束している。しかし、来てくれたのはいいが、天気が悪く、現場見学も満足にできなくて申し訳なかった。
結局ほとんどの時間オフィスで話をしていた。そして、自分の活動の話をしていると、何だかしみじみとして、述懐モードに。一応結果も出てある程度満足しているんだ、と語る目はかなり遠かったに違いない。これから活動が本格化する中山さんと終わりかけている私の温度差は大きかった。
家に帰って酒盛り。9時半頃寝た。

1月11日
今日の午前も中山さんと処分場に行って案内した。午後にスバに帰って行った。しかし、思えば私の所にはよく隊員等が見学に来る。私自身は大した隊員ではないが、ジャイカプロジェクトの現場なので見せる物があるし、見学(見物)するには適した活動かもしれない。まあいいけど。
午後になって、明日突然プロジェクトの会議をやることになったので、あわてて資料を作った。
コンポストが全部売り切れたので袋詰めしたいが、天気が悪く出来ない。せっかく売れ始めてきたのに残念。
家に帰って、これまた隊員が来ていたので酒盛り。最近飲み過ぎかも。10時前就寝。

●過去を振り返って
中山さんは短期隊員なのに任短して早く帰ってしまった。

1月12日
プロジェクトの会議で発表した。会議ではプロジェクトに関する様々な事柄が発表されるが、私の発表はいつもリラックスタイムだ。私の下手くそな英語発表によって場が弛緩する。しかしながら、なんだかんだでこれまで結構な数のプレゼンしたと思う。うまくならなかったが、いい思い出になった。今思えば、見学にもよく人が来たし、プレゼン等も数をこなしたし、活動紹介自体が私の活動の柱だったかもしれない。
午前中は止まっていた雨が午後になってまた降って来た。この一週間ほど太陽を見ていない。洗濯ものが生乾きで臭い。
晩飯はキット君にゴーヤチャンプルーを伝授した。苦くてうまい、大人の味。チリをかじって食べる。辛いけどうまい、これまた大人の味。アリーは両方嫌いなので、白い目でみていた。
最近アリーともども飲み過ぎで体調が良くなかったので、今日は飲まず就寝。雨の音がすごかった。

●過去を振り返って
下手くそなプレゼンだったが、いつも温かい目で見てもらっていた。ありがたい。

1月13日
今日も雨。一体何日降り続いているのか。現場にも行けず、違う事をやっていた。
新聞にラウトカの3Rプロジェクトの記事が載っていた。ジャイカの事が何も書かれていなかったのが少し気になったが、もはやCPの意欲と行動力だけでプロジェクトを進めていけるということだろうか。頼もしい限りである。
マーケットで買い物して帰宅。今日はロロ(フィジアン料理でココナッツミルクで食材を煮た料理)を作ろうと思ってダロリーフ(ダロイモの葉っぱ)を買ってきた。これと鶏肉をココナッツミルクで煮込んでみようと思った。ダロリーフを使うのは初めてだったので、試しに湯どうしして味と食感を確かめた。味は淡白だが柔らかく食べやすい。じゃあ実際にココナッツミルクで料理しようかと思った時、口の中に違和感が走った。痛い、どんどん痛くなってくる。今までにない痛みだが、しいて言えば炭酸の痛みに似ている。ローカルはこれを食べているのだが何か秘密があるのか?なぜか家にいた村落隊員のけんた君に聞くとそんなものらしい。
悲しくなったので7時ぐらいに寝た。でも深夜に目が覚めて酒飲んでもう一度寝た。

sinbun3r
新聞記事。ワーカーさんの写真が載っている。なお、CPは新聞社に私の写真も渡したそうだがそれは載らなかった。

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ダロリーフ。毒が入っているに違いない。

1月14日
今日も雨。現場に行けず。隊員総会の発表資料などをつくりつつ一日を過ごす。
家に帰ってきてしばらくするとキット君が来た。そして、バスが無くて村に帰れない村落隊員の謙三君もやって来た。洪水で橋が渡れないのでバスがでないようだ。

1月15日
土曜日。朝からキット君と謙三君を引き連れて、ラウトカ漁港に魚を買いに行った。行ったがいいが、漁船がまだ港に帰ってきてなく、しばらく待っていた。すると、SVのOさん夫妻も魚を求めてやってきた。Oさんはここで魚を買った後、漁港の斜め前にある肉屋で肉を買って帰るのが定番なのだそうな。ずっと待っているのもひまなので肉屋に行くことにした。
専門の肉屋なので品数も多いし、鮮度もよさそうである。せっかくなので日本では珍しいヤギ肉を買って帰ろうと思った。するとレジの奥でfresh eggsを売っているのに気付いた。フィジーでフレッシュなど信じられないが、聞けば、昨日仕入れたものだそうな。本当に新鮮なら玉子かけご飯を食べようと思ってこれも買った。
そんなこともあって、漁港に戻ると、しばらくして漁船が帰ってきて、よさげな魚を仕入れることが出来た。まだ生きている体長30センチぐらいの鯛みたいな魚3匹で25ドル(1200円)。買い物成功でタクシーで家に戻る。
魚初心者のキット君に魚のさばき方を指導した。といっても私も初心者なので、知識はあってもテクニックはない。大きな魚だったが取れた刺身はほんのちょっとだった…。しかし、ここで村落隊員の謙三君がスキルを発揮してうまくさばいてくれた。村でもやっているそうな。
2時間ほど奮闘して、刺身、刺身のづけ、焼き魚、魚のあらの味噌汁と、魚のフルコースを堪能した。玉子かけご飯も彼らに勧めてみたが、ビビったのか拒否された。食後謙三君は村に帰り、キット君もしばらくしてスバに旅立っていった。
夕方、一人で玉子かけご飯に挑戦した。明日は日曜日だし、ちょっとぐらい腹を壊しても大丈夫である。そして、これからのラウトカ隊員のために、身を張ってノウハウを残そうという魂胆である。
ところで、なんで玉子かけご飯ごときが挑戦かというと、フィジーの玉子の鮮度は基本的に悪く、時として腐敗しているので、生で食べるなんて危なくて出来ないからである。しかし、今日仕入れてきたのは「フレッシュ」だそうなので、生でも行ける、はずである。
さっそく、白い皿に割ってみると、おおっ、黄身がこんもりとしている。箸で刺しても形が崩れないし、間違いなく新鮮である。こんなのフィジーで初めて見た。ちょうど冷蔵庫にオクラがあったので、これと混ぜて、ご飯にかけて食べてみた。うまい。懐かしい味だ。感慨にふけってしまった。
それと同時に、ヤギ肉を焼いて食べてみた。味は牛肉に近く、味わい深い。しかし、肉が固すぎて顎が痛くなった。結局顎がつかれて全部食べきれなかった。
それから数時間。腹に異変はなし。ラウトカで生玉子が食べられることが明らかになった。万歳。
今日は食道楽な一日だった。

tamago
肉屋で玉子が売っていた。半信半疑で購入。

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魚のフルコース。超うま。魚スキルがあると便利。これからも磨きたい。

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新鮮玉子。黄身が太陽のように輝いて見えた。

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玉子かけご飯。感動した。

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ヤギ肉固すぎ。味はよいのだが。

●過去を振り返って
たまごかけごはん程度で感激しているのを不思議に思うかもしれないが、フィジーではとても贅沢なことなのだ。
ところで、帰国してからは魚を自分でさばくことは無かった。スーパーでさばいた魚が売ってるしね。

1月16日
フィジーにはデナラウという高級リゾート地がある。ここだけはフィジーの庶民の生活を切り離されたデラックスな別世界だそうな。ラウトカからも一時間ほどで行けるのだが、これまで行ったことは無かった。興味はないことはないが、旅行は基本的にバックパック派なので、リゾートという柄ではないからだ。
しかし、来月にツアーコンダクターをやることになり、下見のために一人で行ってきた。
たしかにフィジーの他の場所とは全く異なった世界だった。清潔で近代的で安全だった。客は7割が白人だったので、ここは欧米のリゾートかと思った。残り2割がフィジー人、その他一割。アジア人もいたが、あれはたぶん中国人か香港人だろう。
ポートデナラウという商業施設をとりあえずぶらぶらした。土産物店や飲食店が数十件立ち並んでいたが、値段が高い。ちょうど昼時だったが、私はここで何も食べなかった。玉子かけご飯程度で大はしゃぎしているような人間なので特にここのレストラン興味はなかった。しかし、ここまできてフライドチキンやピザ食べている白人の気がしれん。おまえら自分の国で毎日食べてるだろ、と思う。
あと、海が汚いのはリゾートとしてかなり減点である。フィジーに来てこの茶色い海見たらがっかりするだろう。きれいな海は離島まで行かないと見れない。
その後ホテルエリアをぶらぶらして、確かに高級ホテルですごいな~と思った。
噂通りの別世界だったが、特に気分の高まりはなかった。悪くはないが正直趣味ではない。
帰りは体力練成と精神修養を兼ねて、デナラウからタウンまで1時間以上かけて歩いて帰った。

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デナラウの商業施設。すべて高級店。

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敷地内は整然としている。ゴミも落ちてない。

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白人ばっかりのビーチ。水汚い。

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実はデナラウは島である。出入り口は一つしかなく、身なりの悪いローカルは入れないと言う。左がデナラウ島、右が下々の者が住む世界。

1月17日
月曜日。雨も降らなかったので現場に行った。草むしりが追いつかないほど伸びていた。髪の毛も伸びてきたのでそろそろ切りに行く。関係ないか。
先日ヤフー知恵袋でとある質問に回答したらベストアンサーに選ばれてた。人生についていろいろ模索しているが、これはもうちょっと可能性を探ってみてもよいかもしれない。

1月18日
朝から晴れていた。なのでコンポストをビニルシートを使って天日干しすることにした。朝一で現場に行って、シート広げてその上にコンポストを薄く広げて5時間後に再び現場にいったら、ほとんど乾燥していた。はじめコンポストはびしょびしょだったがさすがラウトカの太陽。半日で乾かしてしまった。これを袋づめする作業が大変だったが、なんとか時間内に作業終了。服が泥だらけになって、気合い入れ過ぎてズボンが破けてダメになった。しかし、久々に一仕事した感じだ。こういう事もあと何回あるのやら。

1月19日
明日から隊員総会等があるので朝からスバに行った。昼過ぎについて、ジャイカ事務所に。2時からアリーの中間発表を傍聴しに行った。5分ぐらいだったが、ふざけるといってたわりに、活動の話も真面目にしていて良かったと思う。最後の尻の写真に対しては皆大人の対応だった。
その後一人で飯食べて酒買って、ドミに行った。
その後暇だったので真下さんを誘って映画館に行った。館内でアイス食べた後、ヒンディームービーを見た。英語字幕のスピードについて行けなかったが、筋は理解できて楽しめた。その後二人で韓国料理を食べて腹いっぱいになって、夜路を少し歩いたあとバスでドミに帰って来た。
ドミは満員だった。私はソファーで寝たが、床で寝ている人もいた。男臭かった。

1月20日
隊員総会。これが最後の総会だが、今期途中で帰るので身が入らず、居眠りしていた。アリーが隊員会長に、キット君がブラ委員になった。
午後から、隊員企画ゴミ拾い。皆でスバの海岸のゴミを拾った。帰ってきて昼寝。起きて一人で晩飯食べに行って、酒買ってドミに帰る。帰ってきて酒飲んで寝た。

1月21日
5時起床。場所が変わっても起きる時間は変わらない。ちなみにドミが満員なので私は漫画部屋に一人で寝ている。
9時からジャイカ主催の安全講習があったが、居眠りしている内に終わった。
その後しばらく湯川さんと来月の旅行について打ち合わせをしたあと、彼と別れて、一人でスバ市内の撮影に歩き回った。また、日本食材の店で物価のメモを取っていたら店員から不審者扱いされて困った。
結局歩いてドミまで帰ってきて、疲れたから昼寝。
7時前に起きて、日本食レストラン「大黒」に行った。
今日は調整員のSさんのおごりなので、焼酎ボトルで頼んだ。食事は刺身てんぷら鉄板焼き、デザートは日本酒シャーベットだった。
結局焼酎は半分ぐらい余ったので、ドミでみんなで飲もうかと思ったが、ほとんど誰も居なかったので、再び漫画部屋で寝た。

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刺身。

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鉄板焼き。美味かった。

1月22日
土曜日。午後から大使公邸で新年会があった。超リッチなご飯が食べれて感動したが、ワイン飲み過ぎて、1時間もしないうちにダウンした。昨年と同じパターンだが、去年は大使公邸の前で寝ていたのに対し、今年は受付の椅子で寝ていた。一年間の成長があった。
帰ってきてドミで新隊員歓迎会だったが、私一人だけ外のゴザで寝ていた。しばらくして起きてグロッグ。そうこうしている内にアルコールが抜けてきて再びワイン。飲んで絡んでたら周りに誰一人いなくなる、いつものパターンになったので就寝。

1月23日
朝8時前にドミを出てラウトカに向かう。今回は初めてキングスロード経由で帰った。フィジーには島を一周する道路があって、スバ~ラウトカ間も2通りの行き方があるが、キングスロードは距離が遠く道も悪いマイナーな方の道路である。これまで何度もスバ~ラウトカ間を行き来したが、すべてメインのクイーンズロードを使い、キングスロードはいつか行こうと思いつつ2年近く経ってしまっていた。
特に何かがあったわけではないが良い思い出になった。
また、思い出作りだけではなく、ちゃんと記録を取ろうと、カメラとビデオで風景を撮影した。しかし、私のカメラとビデオは古いので、スイッチ入れてから起動するまで時間がかかって、シャッターチャンスを逃し続けて、あまりいい映像が取れなかった。こういうのはケチってはいけないと思った。

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キングスロードの流れる景色。

1月24日
最近、ヤフー知恵袋の回答に凝っている。人のこと相談にのってる場合か。

1月25日
一週間ぶりに現場へ行った。特に変化はなく、畑の雑草だけ抜いて帰った。
昼飯はいつものカレー屋でゴートカレー(ヤギカレー)。ヤギは牛肉に似ている。美味いのだが値段が10ドルもする(チキンカレーの2倍)ので割には合わないと思う。こんなん食べる奴は相当の金持ちだろう。そして私も謎の金持ち中国人と思われたに違いない。
晩飯はざるそば。アリーが禁酒しているので、私も今日は飲まなかった。

1月26日
今日もヤフー知恵袋をやっていた。

1月27日
今日も優雅な一日を過ごそうとしていると、CPからリサイクル品回収に使う袋のプリントをやってきてくれと言われた。私もまだ労働力としてカウントされているようである。
さて、市役所の資材置き場で一日中作業していたのだが、一緒に作業していたのはコンポストの作業も担当しているフィジアンのワイスである。こいつは私と同じぐらいの年で、腕力は私の3倍ぐらいあるのだが、根性がない。なのでプリント作業もすぐに飽きてどこかに行ってしまうのではないかと思っていたが、意外につぼにはまったのか、かつて見たことも無い集中力で作業をしていた。とちゅう私の方がつかれてしまったが、彼が頑張っている以上私がさぼるわけにもいかず、今日はかなり密度の濃い仕事をした。
この日は約100枚を仕上げたが、あと400枚残っている。しばらく忙しくなりそうである。
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1月28日
今日も一日中プリント作業。ほとんど一人でやっていたので、100枚も出来なかった。このペースだと来週いっぱいかかりそうである。最後の御奉公のつもりで頑張るとしよう。
仕事後はラウトカ隊員4人でラウトカクラブに飲みに行った。9時半ぐらいに眠くなったので、一人で帰って寝た。

1月29日
早起きはつまらない。
5時起床。リビングの椅子で、アリーとキット君が寝ている。机には酒のつまみが散らかっている。台所のシンクにはカクテルと玉子焼きを作ったあとがある。昨晩は深夜まで楽しくやっていたようである。
私は酒を飲むとすぐに眠たくなるので昨晩も4人で飲んでいたが、一人でいつもの時間(10時前)に家に帰って寝ている。だから、深夜のお祭りには参加できなくていつも残念に思っている。そして、その分早起きなので、祭りのあとだけ見ることになる。この寂寥感といったらもう…。

それはともかく、爆睡しているアリーキットを見ながらやれやれと思って、洗いものをして、ご飯を炊いていた。私はみんなが寝てるときに働く小人だ。
それが終わると、自分の部屋で作業。最近人生相談にはまって、本業がおろそかになっていたので集中してやる。

そうこうしていると、アリーが起きたがまた寝てしまう。私はタウンに散髪をしにいって、買い物して帰って来た。10時半ぐらいである。その時キット君がちょうど起きたそうな。彼が寝ている間に私はいくつ仕事をこなしたのか。まあ、早起きは3文の得というが、どうだろうか。仕事するならいいけど、遊ぶなら夜型人間の方が得だと思う。

夕方になって、最終報告のつもりで気合いの入ったチョプシーを作った。今日の朝買い物に行ったのはそのためである。高価なセロリも買ってきて、究極の物を作るつもりである。野菜も肉もいつになく丁寧に切る。修行の成果、とくと見よ、とばかりに自信満々でアリーキットに出したが、評価はいまいち…。セロリがいまいちらしい。普段何食っても「うまいっすねー」としか言わないキット君も黙って食べている。個人的には結構いけると思ったのだが残念である。修行のしなおしだ。

翌早朝、同じ材料で味付けを味の素と中国醤油でチョプシーを作った。レストランの味とそっくり。個人的には昨晩作ったやつの味付け(味覇、オイスターソース、味塩コショウ)の方が好みだが、正当派のチョプシーはこっちなんだよな。人に出す時どっちを作るか迷う。
しかし、早朝から一人大真面目にチョプシーを作って食べている奴はフィジーでも私だけだと思う。極めたい。

1月30日
日曜日。朝から久々に株式投資の銘柄研究を行った。3月末は配当金や株式優待をゲットするチャンスなので、今の時期に仕込むのがよい。3月に入るとその分値上がってしまうからだ。さらに、日本は不景気という認識がはびこっているが、ここしばらくの多くの企業の決算はよいので、株価も上昇する期待がもてる。いくつか銘柄を選定したので、機を見て注文を入れようと思う。
2時からラウトカ隊員4人はSVのOさんにお招きにあずかり、新年会?を行った。御馳走をたくさんいただいた。しかし私はワインを飲んで2時間でダウンした。なので途中で一人で家に帰った。
9時ぐらいには酔いも醒めていたのでアリーと再び飲酒。アリーの仲間が競艇レースで優勝した記念だった。
ちょっと飲み過ぎて12時ごろ就寝。

1月31日
月曜日。今日も一日中ペンキ塗り。帰ってきてぐったり。夜に謙三君がやって来た。村のカカオを日本人チョコレート職人に売り込みに行っていたそうな。さすが村落隊員。

2月1日
今日も一日中ペンキ塗り。しかし、頑張りと技量の向上により、予定より一日早く終わった。しかし、今日は本当に暑かった。オフィスから現場まで25分歩くだけで体力が消耗する。吸う息が熱い。直射日光を受けると肌がひりひりするほどだ。ペンキ塗りより、それがしんどかった。

昼飯はいつものカレー屋でベジタブルカレーをはじめて注文した。カレーなので辛いが、野菜特有の優しい味がした。晩飯は山菜うどん。これまたベジタリアンフード。いやあ心も優しくなるなあ。
夜は作業の後、飲酒。ビールをちょっと飲んで寝ようと思ったが、アリーがウイスキーを持ち出したので、思いのほか深酒して就寝。

2月2日
朝から近所のチャーチルパークでイベントがあった。わけのわからないまま、連れていかれて、3Rプロジェクトのブースを立ち上げた。主催者はよくわからないが3Rバス?のお披露目会らしい。写真にあるように、廃棄物問題を含む環境問題に対する啓発活動の一環として、写真や文字ををバスにプリントしている。金は出してないが、ラウトカ市役所保健課も写真を提供してそれが載っている。今後ラウトカナンディ間を往復するらしい。これはかなり目立つ。
なお、市役所のワーカーさんが作業している写真がバスにプリントされていて、彼らはとっても嬉しそうにしていた。なので写真を撮ってその日のうちにプリントアウトしてあげた。せっかくなので、これからも誇りを持って仕事をしてほしいと思ってのことである。
なお、3Rプロジェクト啓発のでっかい看板も完成して、私の通勤路の交差点に設置されるらしい。なんだかかなり話が大きくなっている。
一方で私は、任期終了まで地道にペンキ塗りを続けることになった。昨日500枚を完成させて、喜んでいたら、残りも全部やってといわれた。あと2500枚。一人一日100枚が限度なので、これはもう終わったと思った。自分の活動の締めくくりとして、当初のイメージでは仕事量を徐々に減らして、最後はフェイドアウト気味に職場から消えようと思っていたが、最後までアリのように働かされそうだ。
希望とは違ったが、それもまたよし、か。

帰宅途中、アリーと酒買って帰る。普段飲んでいるバウンティより高級な、黒ラベルバウンティを購入した。これは非常に珍しい。これまで見たことなかった。バウンティを樽で5年以上寝かした酒らしい。飲んでみるとウイスキーのような感じだが、ほのかにラム酒の甘みと香りが残っている。これは特別な酒であることは明らか。すごいとしか言いようがない。

3rbus
環境啓発バス

3rsagyouin
3R作業員。バスに彼らの雄姿がうつっている。これからもやる気を持ってやってほしいから、これをすぐにプリントしてプレゼントした。家族や友達に自慢しまくるはず。

3rkanban
3R啓発の看板。設置されたら毎日みることになる。

2月3日
明日にジャイカ関係の視察があるので、コンポストヤードの整備を実施した。久々に現場で指揮をとり、生ゴミを所定の場所に移動させた。また、自分も作業員として重たいゴミを運んだので非常に疲れた。でも、視察前とかでないと、みんななかなか動いてくれないので、こういうのはよい機会である。
しかし、明日からはジャイカの視察よりもっと重要なイベントが待ち構えている。それは…(続く)。

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