フィジーも残り半年

<概要>
フィジーでの活動も残り半年となった。そろそろ帰国までのやるべきことを整理しなくてはならない時期である。
同時に、日本に帰ってから何をするか考えなくてはならない。

しかしまあ、これまでの生活と大きく変わるわけではなく、相変わらず昼は仕事、夜は酒の毎日を過ごしていた。
10月5日
朝からCPと私の最後の6カ月の活動計画について話をした。私は来年の3月21日に帰国する事が決定しているので、それまでの活動計画を彼に説明して了承を得た。といってもやるのはこれまでの活動の継続とまとめであり、新しいことをするつもりはない。
さて、広域研修がらみの作業もひと段落したので、今日は久々にマーケットの分別収集の現場に行った。まず、マーケットの掃除人のおっさんたちに以前に撮った写真をプレゼントしたら、大喜びで、グロッグをいっぱい飲まされた。そしてだんだん仕事やる気がなくなってきて…。ああ、いつもの感じだ。そのあと、ジャイカトラックで処分場に行って、モニタリング。午後はデスクワークで一日終わり。いつもの仕事のペースに戻った。

家に帰ってとりあえずビール。今日はアリーが難しい修理をやり遂げたらしいので、そのお祝いというか便乗して飲んだ。かれもなんだかんだで仕事頑張ってるみたいだ。そして何かと理由つけてほぼ毎日酒飲むのも日常化してきた。
晩飯は自家製春菊のお浸し。ヘルシーだ。そして、酒のおつまみに最後の自家製エイヒレをいただいた。超うまかった。最近は自家製の食物が食卓に並ぶのがよい。
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マーケットの掃除のおっさんたち。

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自家製エイヒレ。もうフィジーでは食べられまい。

10月6日
ちょっと体調が悪かったので午前中はずっとオフィスにいた。午後からナンディで会議。基本的に暇な一日だったが、ナンディの吉川さんは忙しそうだった。しかも聞くところによると、ナンディ町は財政が破たん状態にあるらしく、職員の給料が10パーセント減になったり、町が給料払えないから自宅待機になったりしている状況であるので、活動に関する予算がなかなか下りずに苦戦しているそうな。隣町の隊員でも状況は大きく違うものだ。多分私はラッキーなのだろう。
家に帰ってきて、今日は仕事がうまくいかなかったアリーが酒を飲んでいるのに便乗してちょっと飲んだ。おつまみはfromジャパンのポテチ。毎日いいもの食べてる。

10月7日
午後から現場でモニタリング。コンポスト実験も、オガクズを野菜ゴミに混ぜる方法に変更したが、順調に行っている。今後はこの方法に一本化するかもしれない。だとすると、これまでやってきたことは結局あまり役に立たなかったことになるが、まあいいだろう。そして再び野菜実験を行う事になった。
家にマーケットコンポスト持って帰って畑の先週拡張した部分にに播いた。今度は何を植えようか。

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本日の居酒屋カマストリートのメニューは、厚焼き卵、冷ややっこ、自家製トマトでした。ビナカ。

10月8日
朝からナンディの学校3Rコンペティションのワークショップに参加した。今年の初めぐらいからナンディの吉川さんが主導してやっている、学校に対する3Rの普及を目的としたプログラムにおいて、各学校間の経験の共有をはかる事を目的としているらしい。また、コンペなので表彰も最後に実施した。これはナンディのプログラムだが、私も学校を回って審査員を務めたし、ラウトカでも同様の事をやっている(ぱくった)ので無関係ではない。
さて、開始時間の8時半に会場に到着するとなんと5人ぐらいしか来てない…。今日はフィジーの独立記念日のイベント等があり、みんないそがしいらしい。しかし9時ぐらいになると、徐々に人も集まってきて(それでも半分ぐらい?)開始できた。
最後に、審査員の一人としてコメントしてほしいと言われていたが、他の審査員の人が来てなかったので、私が審査員代表みたいな恐れ多い事になって、結局先生や教育省の偉いさんの前でエラそうな短いスピーチをするはめになった。
しかしそれも無事に終わって、家に帰って酒飲んで寝た。明日から3連休。

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表彰式の様子。審査員としていくつか学校に行って3Rの状況を見たが、想像以上に良くやっていて驚きの連続だった。

10月9日
朝起きて買い物して散髪行って帰ってきて後は家にいた。
昼過ぎから一人で酒飲んでた。帰国後のことなど考えている内に、いつのまにか白バウンティーコップ4杯ぐらい飲んでしまい、気を失ってしまった。目を覚ましたら、日本の自分の家で…、とかいうオチはなく、いつもどおり二日酔いに苦しんでいる。

10月10日
(朝)ロティー屋アリーが長らく閉店しているので、私が代わりに店長をやるべくロティー修行に励んだ。いままで何度か一人で作ってみたことがあるが、どうもうまくいったためしがない。しかし、ひと月以上前になるが、隊員総会のイベントで作り方を習ったので、それを思い出しながら今回は作ってみた。なかなか丸く引き伸ばすのは難しく、見た目はまだまだだが、焼きあがって食べてみた感じとしては、店で食べるのとそれほど違わない。別に作って置いたツナカレーと一緒に食べた。これなら人にも出せると思う。

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焼いてるのを横から見ると膨らんでいるのが分かる。これが良いみたいだ。

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ツナカレーと食べる。しかし7枚も食べたので腹いっぱいになった。

(昼)チョプシーといえば、チキンチョプシーが最も人気なのだが、それもそのはず、そもそもチキンが美味いからだ。しかし、チキン等の肉類が入っていない、ベジタブルチョプシーもまた存在する。野菜だけで美味いチョプシーが作れたら、ほとんどチョプシーは極めたも同然ではないか?と前々から思っていたのでこれまで何度もチキンチョプシーを作ってきたが、今回は果敢にもベジタブルチョプシーに挑戦してみた。
玉ねぎをよく炒めてうまみをだそうとしたり、チョプシーにはあまり入れないホールトマトを入れたりして、味を出そうとした。あとは、人参、チンゲンサイ、大根の葉、ロングビーン、ニンニク生姜。調味料は味覇とオイスターソースとローカル醤油。で、結果、まあまあうまかった。チキンとか入った方が美味いかもしれないが、これはこれで物足りなさは感じない。トマトを入れたのは冒険だったが、いい味出してる。また、ラー油かけても美味い。

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ベジタブルチョプシー。野菜の種類の豊富な日本でもっと研究してみたい。なるべく使う調味料の量を減らして、野菜そのもののうまみにこだわりたい。

(夜)フィジー特産のお酒として有名なのはサトウキビを原料として作られる「ラム酒」である。バウンティーという商標でフィジーでは広く売られている。蒸留を重ねて混じりっけの少なくなった、すっきり飲める白バウンティーと、そのままの風味豊かな赤バウンティーがある。最近はどちらも氷水で割って、ライムを少し入れて飲んでいるが、まだポテンシャルがありそうな酒なので、新カクテルを作ってみた。
赤バウンティーであるが、こちらではコーラで割ったラムコークという飲み方がポピュラーである。たしかにあれはあれでいいのだが、コーラがちょっと甘ったるいんだよなと常々思っていた。なので試しにまろやかな甘みのあるはちみつとシェイクしてみた。うん、これは美味い。はちみつの控えめの甘さ(冷たいのであまり溶けないというのもあるのだろうが)と、風味がちゃんとバウンティーにマッチしている。金色で見た目も良い。
次に白バウンティーとライムと砂糖をいれてシェイクしてみた。砂糖を入れることがこれまでとの違いである。そもそも、ラム酒はサトウキビから砂糖を取ったあとの原料で作っているので、砂糖とラムが合わないはずがない。そしてライムも入れてあるので、ジュースあるいはチュウハイみたい感じで飲めるんじゃないかと思った次第であるが果たしてそのとおりだった。これはいいと思う。酒が苦手であまり飲めない、と言う人でも気安く飲めそうな味である(アルコール度数はかなり高いが。ふふふ。)。

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つまみは大根に塩こぶかけただけのもの。シンプルだがそれだけで必要十分。

今日はこれだけの料理実験をしてなお、本を3冊も読破した。朝3時半に起きたら一日が長すぎる…。

10月11日
スバから湯川さんがGFをつれてやってきた。一応私のウクレレを届けに来ると言う名目であるが、実際はビチレブ島一周ツアーのついでのようであった。昼飯にチャーハンと、コンソメ煮卵スープを作って待ち構えた。タイミング良く彼らは一時前にやってきて、3人で食べた。私はあまりスバには行かないので、あまりスバ隊員の実情を知らない。だからこうして訪ねてくる人の話を聞くと、エー、って思う話も多い。しかし彼も私のマジックの話は知らなかったらしく、驚いていた。まあ、話題性0だしね…噂にはなってないらしい。
しばらくしてアリーも帰ってきて4人で過ごしたが、湯川さんたちはバスの時間があるので2時半ぐらいに帰って行った。私も今週の土曜日スバに行くことになったので、同じように二人で湯川さん家を訪ねようかとも思う。

10月12日
出たよ、お得意の「勘違い」が。相手のこれまで言動から内心そりゃないよ、と思わぬでもないが、責めたくもないのでやっぱり私の勘違いにしておく。失望は期待の二乗でやってくると言うが、まさにそれ。昨日までとは打って変わって、朝からお通夜状態。昼飯も食えなかった。この先、生きて行く上で何を信じてよいのやらわからなくなった。とにかく今日は早く寝たい。

●過去を振り返って
思い出したくもない恥ずかしい失敗をしたのだった。

10月13日
今日は一日中雨だった。いや、朝は降ってなかったかも。今日も勘違いか?そして2カ月遅れでホームコンポスターのモニタリングが始まった…はず。大事な仕事なので勘違いしてなかったらよいのだが。昼飯はアリーが辛い物修行をしたいと言うので勘違いの可能性もあるが2週間ぶりにチリチキンを食べた。今日は彼は悶絶しながらもチリを2本も平らげた、いや3本だったか。それぐらいの勘違いならまだ笑えるレベルだからOKである。そして、昨日がお通夜なら今日は葬式の気分だったが、彼に勇気をもらって、気分が晴れた。この気持ちが勘違いとかでなければ明日からもっと活動等前向きに頑張れるはず。
あーあ、今日も必殺技いっぱい出して疲れた。早めに寝たい。

10月14日
うんざりするほど晴天の続くラウトカも、珍しいことに、ここ3日ぐらい天気が悪い。特に夜はずっと雨が降り続いている。フィジーらしくもなく、シトシトと降る雨を見ると、むしろ日本の秋雨を思い出す。気温も熱帯のそれではなく、窓から流れ込んでくる空気は幾分冷気を含んでおり、寝るときは毛布が2枚いるほどである。ここは南半球なので、これから暑くなるはずなのだが、降り続く雨音を聞いていると、これから寒い冬がやってくるのではないかと錯覚してしまう。しかし、いずれ日本に戻る私としては、それもあながち錯覚とは言えない。
私もあと5カ月ほどで帰国になる。そろそろ日本での生活を具体的に考えねばなるまい。というか自然に気になる。当たり前だが、財産もなく、隠居できる状況でもないので、やはり仕事探しが帰国後の活動の焦点になる。

ところで、ジャイカの帰国ボランティア向けのHPに求人情報のページがあるのだが、見るにはパスワードが必要である。原則それは帰国隊員しか教えてもらえないらしいが、数ヶ月前、調整員の人からもし見たいなら、連絡下さいというメールが来ていたことを思い出して、パスワードを教えてもらって、HPを閲覧してみた。なるほど、仕事はあるにはあるようである。自分にぴったりというのはなかったが、選ばなければどうにでもなるという印象。特に協力隊関係(JOCA)の求人は結構あるようだ。その他、就職、転職、アルバイトのHPをいくつか見たが、未経験、年齢不問の求人もいっぱいある。
しかし現段階、帰国が5カ月以上先と言う中で、ネット上で仕事を本気で探すつもりでもなく、帰国後も最低限のことは何とかなると自分を安心させたかっただけであるのが実の所である。しかし始めから最低限の生活を望んでいるわけでもない。幸い、私は人並み以上に健康で、親兄弟も健在、扶養家族もおらず、少なくともしばらくは単に稼いで生活していく以上のことを望むことができる。だから協力隊にも来れた。財産も手に職もないが、とりあえず自由がある。故に悩むのだ。

悩むといっても帰国して、自由で何していいかわからないわけではない。むしろやりたいことはいっぱいある。しかし、やりたいことやって、うまくいかなくて、やり直しも出来ず40手前で立ち往生、という可能性は大いにある。例えば、昼は個人でインターネット関係の仕事をやって、夜は料理を本格的に学ぶため、調理師専門学校に通うとか、考えもするが、帰国してすぐ、寒さ残る三月の冷たい風に吹かれれば、浮かれた考えなど一発で吹き飛ぶ可能性もある。不安になって、スーツに着替えて、堅気の会社(社会保険あり、ぐらいの意味)の面接に行ってこよう、とか思うのだろうか。今もそうだが、帰国してからもきっと振り子のように、自由と堅気の両極を行ったり来たりするのだろう。どうなるかわからないが、決定は日本の空気を吸ってから出そうと思う。

一方、思い出すのは日本は頑張らないとまともな生活ができない国、という事実。資源の無い日本は元来貧しいのだ。冬は寒いし、フィジーみたいに果物やキャッサバが勝手に育つ国ではない。日本とフィジー、状況が違うと言っても、、フィジーでの生活スタイルを完全に放棄したくはない。私のような者が言うのも何だが、外から見て日本人のライフスタイルは改善の余地大だと思う。しかし、この辺のところはいずれ具体的に書くと思うので今回はあまり触れないでおこう。

かすかな雨音を聞きながら、家のリビングでそんなことをごちゃごちゃと考えていたら、アリーが酔っぱらって帰ってきた。ろれつの回らない彼とそれから酒を飲んで、たわいもない話をしていると、まあ、しばらくは難しいこと考えずに、この生活を楽しむのもいいかなと思えてきた。今日はこれぐらいにしておこう。

●過去を振り返って
結局、今は個人でインターネット関係の仕事をしているよ。

10月15日
3日ぶりに現場に行くと、堆肥の原料のマーケットゴミが間違った場所に置いてあった。またズボラな仕事しやがってと怒り心頭になったが、ワーカーさんではない、別の人に聞くと、昨日が雨で地面がぬかるみ、トラックが奥まで入って行けなかったそうな。来週には正しい場所に移動させるとのこと。怒ることも必要だが、その前に事情を良く知る必要がある。知らずにワーカーさんに言うとめんどくさいことになる。そのあたりがちょっと頭にあったので、別の人に聞いたわけだ。
昼飯はアリーと「スーイ」という牛肉とモザという野菜のスープを食べに行った。美味かったので今度自分で作ってみようと思う。
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10月16日
この一週間ほど風邪で調子が良くなかったが、この日は一際であった。寝込むほどではないのだが、喉が痛く、鼻水も止まらない。なお、家には風邪薬もなく、とにかく食べて飲んで寝ることが薬だと思い、カレーを作って、酒飲んで、寝た。いや、それって、よく考えれば風邪引いてない時と同じ行動だった…。

10月17日
昨晩から4人の野郎どもが家にきていて、にぎやかだった。その中の野菜隊員金田くんに家の畑を見てもらった。水菜が全然成長しておらず、小さい虫がいっぱいついているのをどうすればいいかと聞いたら農薬を使うしかないとのこと。それはできないので困った。そして、もう駄目だと思う野菜は抜いてくれと頼んだら、水菜の大半を抜かれてしまい、本当に残念だった。まあ、内心もうだめだろうなと思っていたのだが、種まいて毎日愛情込めて水やって育てていたので、最後が廃棄処分になって切ない気持ちでいっぱいである。
昼過ぎにアリーを含め、全員出て行って、一人になった。その後静かに将来についてずっと考えていた。

10月18日
月曜日。仕事の後ラウトカJOCV3人で、新しくラウトカに赴任されたSVのOさん家に御挨拶に行った。ラウトカに赴任されて、一週間ほどたち、少し生活も落ち着いてきた頃合いでの御招待だった。偉いはずなのにとても腰の低い丁寧な方であった。奥さんの料理で楽しい時間を過ごさせてもらった。ただ、ビールが胃に堪えて、ちょっと気分が悪くなってしまったのが残念だった。
9時ごろ帰宅。帰ってすぐ寝た。

10月19日
明日大使公邸に招待されていて、活動紹介をすることになっているので、その準備を少ししていた。後はちょっと現場に行ってあとは違う勉強していた。

10月20日
フィジー大使公邸にて活動紹介を行った。これは年に一回、フィジー要人を招待して、隊員の活動紹介を実施して、日本と言う国がいかにフィジーに貢献しているかをうったえるイベントである。しかし、すべての隊員が参加するわけではなく、去年は医療系の隊員が呼ばれたが、今年は環境隊員3人が呼ばれた。活動紹介は一人3、4分と短いが、日本の政治的立場に関わってくるので真面目にやった。評判は良かった。役目は果たしたと言っていい。
その後は御馳走を腹いっぱい頂いた。寿司、てんぷら、ローストビーフ等…。すごい、美味すぎる。さすが大使公邸。食道楽の私としては大満足であった。
しかしこの大使公邸、フィジーの一等地(その名もプリンセスロード)にあって、ちょっとした宮殿のような豪華さ。大使夫妻も公家さんみたいな人である。いつか自分もと思うが、まずは安アパートから再出発であろう。そしてつらい時はこの日を思い出してがんばろう。

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超リッチな食事。ワインも美味かった。

●過去を振り返って
まあ、酒飲むばかりでなく、日本とフィジーの関係作りにも貢献していたのですよ。

10月21日
昼過ぎにラウトカに戻ってきた。早速昼寝。夕方から酒。昨日高級ワインを2本貰って帰ってきたのでアリーと二人で、ありがたがらずに豪快に飲みほした。やっぱり高級なワインは棘がなくて飲みやすい。そして一気に飲んだので、すぐに酔っぱらって寝た。

10月22日
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朝からCPに連れられて、ラウトカセントラル小学校に行ってきた。ゴミを使った工作の展示会だそうな。ラウトカの学校で実施している3R推進プログラムの一環のイベントなので招待されたわけである。他にも教育省の偉い人や他の学校の校長先生などが来賓として来ていて、かなり本気のイベントだった。展示だけでなく、生徒のスピーチ、3Rの歌の披露、インディアンダンス、私のCPの話、等内容も多かった。
肝心のゴミを使った工作であるが、心がなごんだ。これで廃棄物の量が削減されることはないと思うが、ゴミ問題に対する関心を高める効果は十分にあると思う。ところで、このイベントの後、この作品等はどうなるのか?と先生に聞いたら、どうも考えてなかったらしく、適当に「売る」と言っていた。すぐに捨てるなよ…。

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インディアンダンス

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何かのポピュラー音楽の3R替え歌を歌う。子供達はなにか照れてる感じ。

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なぜか風呂敷が展示されてあってびっくり。

10月23日
2万円ほどかけて、ネットで情報商材をいくつか買った。全部でPDF2000ページほどあるが、3日ぐらいでほとんど読んでしまった。これからあやしいことをやる。

●過去を振り返って
これ以降、帰国した後のためにネットビジネスの勉強を始めることにした。

10月24日
朝:庭いじり。結局3カ月前に植えた水菜はどれもまともに育たなかった。害虫のせいである。最近新たに苗を植えたが、もう虫に食われてしまっている。激怒した私は酢にチリを混ぜた特製農薬を霧吹きで虫どもにぶっかけまくった。するとぴょんぴょん飛び跳ねてどこかに行ってしまった。しかしその後雨が降ったのでまたもとどおりになっていると思う。これからいたちごっこか。
昼:勉強
夜:酔っぱらって風呂場で転倒した。天井をぼんやり眺めながらもう無理かもなあと思った。

10月25日
月曜日。昨日からサマータイムになって時計が一時間進んだ。めんどくさい。
職場に新人が入ってきた。人手が足りなかったので、良かったと思う。しかし配属初日はする事なくて暇そうに、しかし居心地悪そうにしていた。私もそうだった。頑張ってほしい。
仕事の後酒買って帰る。帰ってから飯食ってしばらく勉強。その後サクッと酒飲んで就寝。

●過去を振り返って
彼の名はミトン・プサラッド。はじめはおとなしかったが、すぐに馴染んていった。年が若かったので、俺ともよく話した。

10月26日
久々に処分場の水質調査をすることになったが、モニタリング機器が狂っていたので延期になった。事前にチェックしたので気付いたが、CPに任せたままだったらそのまま使って変なデータを信じたに違いない。危なかった。
この日は酒を飲まなかった。珍しく深夜12時近くまで色々作業していた。

10月27日
昨日は迷惑メールが36通も来た。普通のメールは一件だけだった。このヤフーのメアドはもう使えんな。日本に帰ったら別のに変えよう。
この日は10時過ぎまで作業して、一杯だけ飲んで寝た。それぐらいが健康にも家計にも良い。

10月28日
処分場の畑にトウモロコシを大量に植えた。私が帰国するまでに実がなってほしい。
この日は12時過ぎまで起きてて眠い。生活が夜型になってきた。

10月29日
今日は新隊員のキット君がラウトカにやってきた。彼は養護学校の先生隊員である。来週から仕事だそうで大変だと思うが、新卒、若さを武器に頑張ってほしい。なお、夕方から二人で酒を飲んでいたのだが、彼は酒好きで結構強い、少なくとも私より飲めるようだった。すばらしい。

●過去を振り返って
キットは俺の協力隊で関わった人の中で最後のキーパーソンだ。アリーとキットとで、ラウトカトリオだった。
一緒に飲み食いして、一緒に旅行して、楽しい時間を過ごした友人である。

10月30日
10月にラウトカにやってきた新隊員の歓迎会をやった。SVのOさん夫妻とキット君を迎えてフィジー西部地区も活気の出ることだろう。最近の歓送別会では料理を作り過ぎて余らせていたので、今日は控えめにしたらちょっと足りなかった。難しい。
私は途中で酒を飲んで寝てしまった。酔っぱらって、というより疲れていたのだと思う。
起きて、12時ぐらいまで作業して、また疲れたので寝た。

10月31日
朝から作業のち昼寝。起きたら、キット君がいたので、一緒に飯食って酒飲んだ。これから彼を底なし沼のごとき酒の道に引きずりこもうと密かに思っている。日が暮れたころに彼は帰って行ったが、しばらくして、中本君がバからわすれものを取りに来て、またちょっと飲んだ。飲み過ぎて気分がちょっと悪くなったので寝た。

●過去を振り返って
キットはアリーより飲める。見かけによらずヤバイ奴だった。

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