JICA環境隊員広域研修

<概要>
これまで準備してきた「大洋州環境関連隊員広域研修」が5日間の日程で始まった(説明は9月20日の日記参照)。
準備はフィジーの環境隊員3人(自分・ナンディ吉川さん・スバ上村さん)で分担した。
また、俺のカウンターパートのシャレンも頑張ってくれた。ラウトカの先進的な(周辺国と比較すると)廃棄物処理を紹介するのは誇らしいようだった。
結局無事に研修は終わった。
3人で分担するといっても、結局はシャレンと語学堪能・実行力もある吉川さんに押し付けた感があったし、俺はここでもできることをやる、というと聞こえはいいが、あまり限界に挑戦しなかったかもしれんと今になって思う。

9月20日
いよいよ大洋州環境関連隊員広域研修が始まった。これは大洋州の環境隊員(マーシャル、バヌアツ、ソロモン、ミクロネシア、パラオ、トンガそしてホスト国フィジー)とそのカウンターパートが集まって、環境に関する研修を受けるという企画で、基本的に隊員が内容を決めて準備もするという主体的な研修で、昨年末から準備をしていた。特に開催前は本当に多忙であったが、ホストであるフィジー環境隊員3人の力と事務所の支援もあり何とか開催にこぎつけることが出来て嬉しく思う。もちろんすべて英語である。

本日の司会は上村さんであるが、前々日からの必死の準備のおかげで無事に乗り切ったみたいだ。
さて、本日のメインは各国の隊員とそのCPの活動紹介であるが、持ち時間20分を超えて、白熱した発表と議論が繰り広げられた。そして、皆の英語のうまさに驚いた。私の発表は11組中一番最後であった。準備さえすれば英語の発表はそれなりになれていた、発表自体は無難に終わった。最後のプレゼンでみな疲れているので、「これで終わりです、ご清聴ありがとうございました」と言って、素早くに自分の席に戻るという質問封じの技が成功した。

余談であるが、今回環境隊員ではないがオブザーバーとして参加した謙三くん、私の横の席に座って大きなノートパソコン広げて何するかと思いきや、プレゼンの時間にブラ54号読んでるし…。心がなごんだ。

さて、プレゼンの時間も終わり、次は分科会(行政グループ、経済的視点グループ、学校教育グループ)ごとに分かれて、それぞれの研修における目標を討論して決めてもらった。私は参加者10人の行政グループであったが、英語が出来ないので議論にもあまり参加できない…。一回だけ話を振られて、一応答えることができたので面目は立ったが、明日から思いやられる。なお、ディスカッションにおいても私のCPであるシャレンも大きな存在感を示していたことを頼もしく思った。

結局、分科会リーダーのミヤが英語が出来るので、話し合いの結果をうまくまとめてくれた。そんなこんなで、6つの目標が出来上がり、それを全体の前で発表してこの日はお開きになった。
少し作業をして私と謙三君とマーシャルのMさんとでカレーを食べに行った。しばらくして、他の3名もやってきて皆で食べた。その後謙三君が夜のスバの街を少し案内してくれたが、無理、と思った。結局途中で私はホテルに帰って酒も飲まず寝た。疲れ過ぎる。

●過去を振り返って
英語ができないと討論が一番困る。発表は事前の準備をすれば乗りきれるが…。

9月21日
研修2日目。午前中はスプレップという環境団体のエスターさんの講座を受けた。行政、NGO・企業、学校等の各セクター間の連携について、講義と討論の時間が設けられた。討論については、グループ分けされて、私とソロモンの隊員とミクロネシアのCPの4人でクリーンアップキャンペーンについて話し合った。しかし私とソロモンのNさんは英語が不得意のため、まともに議論できない。しかし何かしゃべらねばと思っていたので時々発言するが、結局ミクロネシアのCP2人でほとんど会話が進んで行った。しかし、結論は早くに出たので、あとはフィジーやソロモンのゴミ問題の状況について雑談した。やっぱり英語が出来ないとつらいなあと今さらながらに思い知った。

午後からは分科会①のメンバーはナンボロ処分場に見学に行った。この処分場はEUの援助で出来た、フィジー初の衛生埋め立て(覆土する)の処分場である。スバから車で30分(町から遠いので違法投棄が問題になっているのだが…)、到着したが、参加者全員が初めての場所だったのでどこに行っていいやらわからなかったので私のCPのシャレンに、助けて、という視線を送ったら、彼がうまくやってくれた。作ったはいいが管理に問題が多いと聞いていたが、なかなかちゃんとやっているように見えた。参加者も興味深そうに見学して、担当の人に色々質問していた。特にシャレンがガンガンに前に出ていたのは頼もしく思った。

無事にサイト見学を終え、他の分科会の人と事務所で合流して、4時半からTV会議システムで東京からジャイカ専門家のAさんの大洋州の廃棄物の広域プロジェクトについてのお話があった。この講座については準備段階から色々あったのだが、事務所にもお世話になっているので持ちつ持たれつということで…。

これでこの日の内容は終了。片づけや次の日の準備をして、ミクロネシアのミヤと大黒という日本食レストランに行った。日本酒とか飲みながら色々話して、ホテルに帰ってきてからもワイン飲んでた。昨日今日とかなり疲労がたまっており、頭が痛くなっていたが、酒を飲んだらそれは消えた。調子が出てきて、昼休みに調達してきたカバを作って皆に振舞ったが、このあたりになると記憶がはっきりしない。いつの間にか寝ていた。
しかし、深夜3時に事件勃発。電話かけたりかかってきたりで、5時ぐらいになってようやく寝れた。

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ナンボロ処分場

●過去を振り返って
深夜のクラブに行くのは危険です。でも、ちょっと危険な雰囲気がないと面白く無いのか。俺にはよく分からん。

9月22日
研修3日目。本日はシンガトカで始めの講座を受けた後、ラウトカに移動する。そして私が司会をやることになっている。個人的には研修の山場である。8時ホテル出発であるが、みんなのんびりしていたので8時10分に出発。わずか10分であるが不安がよぎる。シンガトカ到着寸前に不可解な10分休憩が入った。そして車が止まるなりトイレに猛ダッシュする上村さんを見た…。

結局シンガトカに到着したのは30分遅れの11時だった。シンガトカに立ち寄ったわけは、日ごろお世話になっているオイスカのYさんにオイスカの活動紹介と、廃棄物処理や農業の施設を案内してもらうためである。そして、昼食も依頼していたのだが、予想を超えるフィジアン料理を出してもらってみんな喜んでいた。時間的にオイスカを訪問するのは厳しいと思っていたが、参加者にインパクトはあったみたいで成功したと言っていいだろう。

その後いよいよラウトカに到着。まずはリサイクル会社を訪問した。これは一部の参加者を興味を強く引いたみたいで、色々質問があるうちに、かなり時間が経ってしまった。感想としてはフィジーのリサイクルはすごい、とのこと。

そのあとはラウトカ処分場に行った。シャレンが処分場の改善工事、ウッドチッパーやウエイブリッジ等の設備について熱心に説明してくれた。そして私がやっているコンポストヤードについて私が説明した。ちょっと時間がなかったのは残念であったが、一部の参加者は興味深そうだった。

その後は市役所の会議室でラウトカナンディの廃棄物プロジェクトの紹介をシャレンとナンディのナフィサにやってもらった。市役所ではお茶とお菓子もだしてもらったし、各種コンポストや分別収集のパンフレット、プレゼンもすぐに始められるようにパソコンプロジェクターも準備してもらって、大変ありがたいと思った。そこまでやってもらえると思ってなかった。そして、プレゼンの内容についても、参加者の興味を強く引いたようであった。大成功。

最後に司会者である私が前でちょっとしゃべってこの日はお開き。無事に終わって本当に良かった。
皆はナンディのホテルに行ったが、私はミクロネシアのかっしーを連れて我が家に帰った。アリーと3人で素麺たべて、酒飲んで私は9時前に寝た。やっぱり家が落ち着く。

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ラウトカの処分場見学の様子

●過去を振り返って
この日も相棒のシャレンに助けてもらった。というか、俺一人ではこの日を乗り切ることは不可能だった。2年間通してだが、俺は誰かに助けて貰いっぱなしだった。

9月23日
研修4日目。午前中はサイトビジット。初めにクリーンスクールプログラムで全部門を制覇したアンドリュー小学校に行った。かなり創造的な3Rを実践していて、各国の参加者も興味深く見学していた。その後は商業地区と住宅地域のリサイクル物回収の現場を見学した。どうも他の大洋州の国々ではこういうことはやっていないらしく、フィジーはすごい、と皆言っていた。ホームコンポストの見学も挟んで、パイロットエリアの3R委員会の人たちの話をホールで伺って、カバも振舞われた。初めて飲む参加者もいて、楽しそうだった。
午後からは分科会ごとに分かれて行動した。私の所属する分科会1では各国の処分場の現状を発表してもらって、互いにアドバイスしあうという方向で進んで行った。フィジーは私のCPが頑張ってくれたので私は何もしなくて、運営サポートに専念した。というか英語のディスカッションについて行けない。結局日本人4人のうち英語が出来るリーダーのミヤ以外の3人はほぼ沈黙していた…。けどまあ、CP間の議論は活発だったし、このセッションは成功だったと言ってよいだろう。
結局この日も予定を過ぎて終了した。私はホテルに泊まらず家に帰った。

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回転式ゴミ箱と3R委員の子供達

●過去を振り返って
この日の司会進行は吉川さんだったので、ちょっと楽だった。

9月24日
研修5日目、最終日。今日は一日中ディスカッション。かなり気が重い。午前中はこの研修で学んだことと、それぞれの活動にどう生かせるかを、全体と各隊員・CPのペアで話し合った。午後からはそのまとめと発表があった。リーダーのミヤと、この分野の専門家で場馴れしているエスターさんと、意見を早口でいいまくる私のCPシャレンのおかげで、何とか全体として形にすることができた。

正直私はあまりこの研修で学ぶことは少なかった。というのも、フィジーの色んなところを見学したが、フィジー隊員なのでほとんど知っていたし、英語ディスカッションもあまり理解できなかったからだ。しかし、それは研修が始まる前から分かっていたことであり、私の個人的な目標は私のCPに学んでもらうととと、研修の運営の成功であった。
それに関してはほとんど成功したと思う。多くの参加者に来てよかったと言ってもらい、各国のCPも具体的に何かをやって見る気になったようである。ただ、私のCPのシャレンもどちらかといえば学ぶ側ではなく、説明する側だったので、運営としてはありがたかったが、研修に参加した成果というのは微妙な所である。

研修の最後、各参加者が研修で学んだことを一語で紙に書いて、その意味を説明するという振り返りと共有の時間があった。そこで私はあんまりネガティブなことを書くのもどうかと思ったが正直にdifficultと書いた…。でも一応やりとげたのでOKだろう。

研修後は少し片づけをしてホテルに移動。7時からパーティーがあった。一人当たり35ドルの料理なのでなかなか美味しい料理だった。あと、バヌアツ産のカバが振舞われた。バヌアツ産はきついので一カップで立てなくなるとのことであったが、フィジー産と比べて少し味が違うものの、身体の反応は同じだった。でもビナカ。寝る間際にソロモンのNさんに色々ソロモンについて話を聞いた。私は協力隊に応募するとき、ソロモンはフィジーとの間で迷った末に第二志望で出したので、もしもその日の気分でソロモンを第一希望にしていれば彼の代わりにソロモンに赴任していた可能性が高い。彼と私は紙一重の運命であった。

さて、彼の話では特にピジン英語という現地語と英語が交じった言語について面白いと思った。簡単なので2週間ぐらいで大体マスターできるが、その代わり、もともと英語が話せたのに話せなくなったと言う。興味深い。
皆がパーティーを楽しむなか、一人いつも通り9時ぐらいに就寝した。

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討論の様子

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参加者の一言集「Difficult!」

●過去を振り返って
ソロモンの話は面白かった。フィジーほど文明に侵されておらず、実態がよくわかっていない部族とかもいるそうな。

9月25日
朝から研修の反省会をやって、あとはそれぞれ自由行動。それにしても早朝にソロモンに帰ったはずのNさんがオーバーブッキングで帰ってきたのが面白かった。火曜日に帰るらしい。皆はお土産を買いにナンディタウンに行くみたいだったが、私はそろそろ集団行動が嫌になってきたので一人ラウトカに昼ごろ帰ってきた。
アリーはスバに行ってて月曜日まで帰ってこないので、一人でラムカレー作って食べて、夜から酒を飲んでた。明日は久々に庭いじりでもするか。

●過去を振り返って
俺は集団行動が嫌いなので、時々こういう行動を取る。あまりいい感じに受け取られないだろう。

9月26日
日曜日。のんびりすごした。朝から庭いじり。最近手入れをサボっていたので雑草がずいぶんと生えていたので全部抜いた。そして残念ながら成長が止まってしまった水菜をいくつか引き抜いた。あとの野菜は概ね順調に育っていて、トマトは収穫時期である。
それも終わって、部屋で研修で撮った写真の整理や、メールを書いたりして午前中は過ぎ去った。午後はギター歌して酒飲んで本読んで、飯は4食好きな物を食べ、いつの間にか寝てしまった。月曜からもしばらく忙しいのでこの日はやりたいことやれてよかった。

9月27日
月曜日。研修も終わり、また、任期も残り半年を切り、心機一転活動をがんばるつもりである。昼飯は久々に行きつけのナニースでチリチキンを生チリをかじりながら食べた。辛い物に飢えていたみたいで、太いの3本もいった。やっぱこれがないと日常って気がしない。

午後からコンポストヤードへ。最近モニタリングもあまり出来てなかったが、これからは週3回は行きたいと思う。そして今日は次の植物栽培実験について現場を眺めながら考えていた。帰ってきて、隊員4号報告書について考えを巡らせた。報告書自体はすぐに書けるが、残り半年の活動計画についてCPと話し合って決めなくてはいけない。それが何より大事。結構考えていることはあるので、それをまとめて、今週中には意見交換したい。

家に帰るとアリーが酔っぱらっていた。今日は仲のいい隊員が帰国したので見送りに行って号泣してきたそうな。そして流した涙の水分補給のためか、朝から酒を飲みっぱなしらしい。しかし酔っぱらっていても、それなりにまともに行動できるのが彼の偉い所で、一緒に飯作って食べた。そして、自家製のトマトが食卓に並んだ。あとは二人で酒飲んで、見送りの時泣くべきか泣かないべきかについて議論し、9時過ぎ就寝。いつもの、そして楽しいラウトカの日常が戻ってきた一日だった。

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自家製トマト。味は甘酸っぱい青春風味。

9月28日
未明からの荒行により、出勤する時にはもう疲れ切っていた。そして午前10時ごろには完全にガス欠になった。なのでこの日は現場には行かず、隊員報告書の作成をしていた。昨日までのやる気はどこにいったのだろうか。あほである。
家に帰って、アルコールに蝕まれた体の出すSOSにビビったアリーが作ったヘルシーおじやを食べ、ひとり酒を少し飲んで寝た。

●過去を振り返って
アリーは飲み過ぎると手が震えたり血便がでたりする。そこまで飲むアリーに俺はビビっていた。

9月29日
残り半年の活動計画をCPと話し合いたいので、そのための資料を作っていた。すると残りの任期で大体6つの仕事をやらなければならないことに気付いた。なかなか忙しくなりそうである。そういえば学生時代、卒業まであと半年というと論文も書かんといかんし、これから大変だなあと思い始める時期であり、その頃の事を少し思い出した。
午後から現場。コンポストモニタリング。最近はモニタリングというより現場で色々考えることが仕事である。
家に帰ってドアを開けると、既にアリーがビールを飲んでいた。えっ、と思ったけど、特に悪いことがあったわけではなく、一つ大仕事をやってのけたので気持ちよく飲んでいたそうな。そして私も便乗して二人で酔っぱらって夜は更けて行った。

●過去を振り返って
アリーは学校で自動車整備を教える先生である。
何日か学校に来ない生徒がいて、アリーは心配していたらしい。
なので、他の生徒に住所を聞いて家庭訪問したらしい。
フィジーではそんなことをする先生はいないので、生徒はいたく感激して、学校に来ることを約束したという。
本当にいい話だ。

9月30日
昨日飲み過ぎたせいか、朝から晩まで腹の調子が悪く、現場には行かなかった。今日は一日中オフィスで文書を作っていた。しかし今日は20分に一通ぐらいの間隔でスパムメールがやってきて腹が立った。バ◯ア◯ラなんかいらんっちゅうねん。
家に帰ってきて、今日の晩飯はフィッシュロロ(魚のココナッツミルク煮)。不味くはないが、あまりココナッツミルクのよさを引き出すことが出来ず、課題が残った。

食後、昨日飲み過ぎたので今日は飲む気はなかった。アリーも飲む気配がなかった。今日はヘルシーな一日で終わるかと思った。
しかし、めんどくさい件がまた再燃して、アリーは途端に機嫌が悪くなって一人飲み始めた。最近二人とも結構調子よくやっていたのに、久々に部屋の中に重苦しい雰囲気が充満した。こんなアリーあんまりみたくないんだけどなあ…。しかし相手の人の態度から予想するに、彼が本番ではさらに機嫌が悪くなる可能性が極めて高いので、明日酒を買いだめしておこうと思う。そして来週からは心機一転ヘルシーにやって行きたい。

●過去を振り返って
これは俺の対応がまずかった。ここでいい方向にもっていけなかったのは不徳とするところ。

10月1日
朝一でCPとナタンブアハイスクールに行って3Rの話をした。話すのはCPで私はカメラ係。朝の朝礼の時に行ったのだが、フィジーの学生はスピーチがうまい。朝からベンジャミンフランクリンが、アブラハムリンカーンが、とか歴史上の偉人の名を挙げ、あきらめない大切さを訴えたり、日本と比べてすごいと思った。
帰ってきて午前中報告書作り、午後は現場。最近フィジーも暑くなってきた。汗だくである。
家に帰って、今日は一人なので、ギター歌していた。歌の調子が良かったのは、色々気持ちがたまっているからだろうか。そして疲れのせいかワイン一本も開けられず、就寝。

10月2日
アリーは早朝にダイビングに出かけて行ったので、日中は一人で過ごした。タウンに買い物行って、飯作って食べて、本読んで昼寝。概ねいつものパターン。夕方からはギター歌。泣きたい気持ちでいっぱいで、ご丁寧に雨まで降ってきたが、気持ちに反比例して歌の調子はかなり良かった。正でも負でも、気持ちが入って本当の歌だと思う。
6時ごろアリーが帰ってきて、軽く飯食って、酒。この日は珍しく12時前まで起きていた。

10月3日
日曜日。今日は真の漢を見た。といっても初対面の人ではない。毎日顔を会わせている同居人のアリーである。今日は彼のデカすぎる心を見て驚嘆し、賞賛を送りまくった。
長い沈黙の後、複雑で熱い気持ちをぐっとこらえ、自分から頭を下げたアリー。あの場面で頭を下げられる人はそう滅多にいない。自身のプライドにこだわらず、事態の収拾を、無益な諍いをこの場限りで収める事を何より優先したアリー。本当に大人である。いや、普通の大人には無理、彼の精神年齢は90歳以上ぐらいに違いない。彼は私の60年先にいる。それだけすごい。
そのあと、二人でラウトカクラブに行って、飲みまくった。そんなもの当然私のおごりで、とにかく私の感じた感動をアリーに知ってほしくて色々な言葉で彼に話した。俺が女なら今ので確実に惚れてるとか、これはアリー伝説として語り継ぐべきで俺が時空を超えてあちこちで語るとか、このあたりの心の広さをうまくみんなに知ってもらったら、間違いなくモテ期がやってくるとか…。
彼の座右の銘の一つに「許すのも勇気」という言葉があるらしい。それだけだと単なる言葉で、聞いてもそんなに印象に残らないが、それを体現した人を目の当たりにすると、その言葉は自分の中でも本当に名言になる。私もいつか彼と同様の場面がやってきたら、この言葉を思い出して、最善の行動を取れるようにしたい。
とにかく今日は真の勇気を持った勇者によってラウトカが救われた。本当に感動して泣いた。

●過去を振り返って
アリーの英断により、ここしばらくの問題が解決した。
自分は悪くないのに頭を下げるなんて、つまらんところで意地を張る俺には不可能。人としての器が違う。器って広げられるのか知らないけど、彼に少しでも近づきたいと思った。

10月4日
勇者アリーのさらなるレベル上げを目標として、苦手のチリを克服する訓練を始めた。昼飯をいつものナニースに二人で行って、彼は苦手のチリチキンを注文した。ここのチリチキンは、中に入っているチリを直接食べなかったらそれほど辛くはないはず。アリーもこれならまだいけると余裕の表情。それならばと、青チリなまかじりに挑戦してもらったが、ほんの小さなチリをかじっただけで、彼のテンションはだださがり…。チリ一本完食したものの、それ以降口が痛くて、物が食べられなくなってしまって、残りは私が食べた。しかもいっきーは家に帰ってから腹の調子が悪く、チリのせい(勧めた私のせい?)にしてるし。これからもまだまだ修行が必要のようである。とりあえず庭で順調に育っているチリの実が成ったら全部彼にプレゼントしようと思います。

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