シュガーフェスティバル

<概要>
シュガーフェスティバルはラウトカで毎年開催されている大規模なお祭りである。
移動式の遊園地が来たり、パレードが行われたりする。
俺としてはプライベートのみならず仕事でも関わりがあるお祭りであった。

7月17日
移動遊園地の定番、観覧車。景色やムードを楽しむものではなく、スリルを楽しむ乗り物。事故も多いとか。
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今年もあいつがやってきた。年に一度のシュガーフェスティバル。フィジーの各主要都市で年一回開催される地元のお祭りのラウトカバージョンである。本日が初日であるので早速チームラウトカ、二日酔いのアリーと、庶民のお祭りなのにセレブ気どりでやってきた美川さんの3人で訪れた。

初日でしかも午前中に行ったので、まだ会場はスローな雰囲気であったが、お祭り名物の高速観覧車は稼働していた。私は去年それにのって、ひどい乗り物酔いになった苦い経験もあり、カメラマンでいいやと思っていたが、アリーさんが乗るのを嫌がるのでしょうがなく同乗することになった。初めは顔に当たる風も気持ち良く、見晴らしも良いので景色を楽しむこともできるのであるが、1分ぐらいすると気分が悪くなってきたのでひたすら空を眺めて、時間が過ぎ去るのをじっと待っていた。このあたりは去年の経験が生きている。10分ぐらいで終了したが、アリーさんもグロッキーだった。
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見晴らしはすごく良い。それほど高い建物がないラウトカなので遠くまで見通せます。

少し休憩してから昼飯で屋台で何か買って食べることにした。私は定番のラムバーベキュー(ラム焼き肉、茹で卵、キャッサバ、サラダで200円ちょっと)を買った。特別美味しいものでもないが、年に一度なので思い出づくりである。
それから少し会場を回って、ボール当てゲームに挑戦したり、カラフルなポップコーンを食べたりして、心も体も満足して我々のお祭りは終了した。
が、少し続きがあって、誰が言い出したか、たこ焼き食べたい、などという話があった。蛸は美川さんとこにあるし、それなら何とかなるんじゃないかと思って、帰りにたこ焼きの型っぽい鋳型を買ってきて、たこ焼きに挑戦してみた。私も素養はあるので、やや悪条件であったが、試行錯誤の結果たこ焼きを完成させることができた。3人でそれをつまみに酒を飲み、今日も夜は更けていった。やっぱりアリーはソファーで寝た。
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無理やりたこ焼きを作った。難点は作る時間が食べる時間の10倍かかること…。

7月18日
日曜日。いつもの3人組で映画に出かけた。「魔法使いの弟子」というタイトルの映画はもちろん英語、字幕なし。一年以上フィジーにいるし、それぐらい余裕で理解できるか?答えはイエス。ただし英語は分からない。最近は雰囲気だけで相手が何言っているのか大体分かるようになっているので今日もそんな感じで8割想像力で映画を鑑賞した。しかし映画は会話にくらべ楽勝である。なぜって質問してこないから。
映画の後は魔法の力で救われたニューヨークに思いを馳せつつ、チョプシーを食べて家に帰った。
帰り道の途中、誰かが言った。「平和だ…」
確かにフィジーは平和な国かもしれない。しかし、世の中には人の数、出会いの回数の分だけ小さな物語があるわけで、この瞬間も平和と、そうとは言えない状況は無数に、フィジーのなかでもモザイクのように混在して発生しているに違いない。ある人は旦那と喧嘩して人の家の前で泣いているかもしれない。そしてビールを片手にそれを見物している人もいるかもしれない。不幸は望まなくとも突然向こうからやってくる。だから明日は隣り合わせの状況も真逆になるかもしれない。世の中は同じ状況は長く続かないがゆえに、今日の平和をありがたいと思えるのものだ、とか考えていたら眠くなって昼寝してしまった。
さて、今週はどうなる。

7月19日
先月から始めた家庭菜園だが、そろそろ一部の野菜が食べられそうである。現在栽培しているのは、水菜、春菊、ネギ、トマト、チリであるが、ネギは株から植えているので一カ月ほどで収穫できそうである。水菜はフィジーの気候に合うのか、ぐんぐん伸びて、そろそろ食べたくなるが、まだ大きくなりそうなので、もうしばらく様子をみよう。春菊はかなりタネをまいたのだが、大きくなっているのはひと株だけである。トマトとチリはマーケットで売っているやつからタネを取り出して植えたのが、発芽率10パーセント以下でだったものの、なんとか畑で生長してくれている。今後はコンポストをさらに播いて、伸びの早い水菜を量産してみようと思う。頑張れラウトカ野菜クラブ。

●過去を振り返って
ラウトカ野菜クラブは俺が帰国した後自然消滅したらしい。

7月20日
ラウトカ処分場の片隅の畑に野菜の苗を植えた。この2週間ぐらいで私とワーカーさんが整備した畑(マーケットコンポスト畑と普通の土の畑の2種類)にカウンターパートが持ってきた、トマト、チンゲンサイ、豆を植えた。彼は家庭菜園が趣味なので手際が良かった。頼もしい限りである。皆で一時間ほど作業して完成。私の任期も3分の1になったが、これからは野菜隊員として活動しようと思う。

7月21日
夜からチームラウトカでシュガーフェスティバルにいった。この前の土曜日の昼にも行ったのだが、夜の方がお祭りの風情が楽しめそうなので、これで最後とばかりに仕事の後で繰り出したわけである。やはり昼よりもにぎやかで、よくわからん出し物もやっていた。出店でちょっと食べ物を買って食べて、1時間ほどで満足して会場を去った。その後はノーザンクラブで少し飲んで帰った。
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7月22日
現在シュガーフェスティバルでマーケットコンポストの展示を行っているが、コンポストに貼るためのラベルを作ってほしいと言われた。前から作ってあったの印刷してわたしたら、写真貼れとか、色々注文付けられて、あんたこの前これでいいって言ったやん、とか思いつつも作業をした。彼が後ろでずっと私の作業を見つめ続けていたのでかなりやりづらかった。完成品は評判がよく、秘書(この前風呂敷講座をすっぽかした奴)からビーマイハズバンドとか言われた。私が返事に窮すると皆笑っていた。
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7月23日
朝から現場へ。作業は30分ぐらいで終わり、たまたまカウンターパートが車で処分場に来たので一緒に帰ろうかと思ったが、グロッグやるから残っとけと木陰で溜まっているおっさんたちに言われたので、もうしばらく居ることにした。色々畑の写真とか撮っていると、俺も撮ってくれよと頼むのでしょうがなくシャッターを押した。ついでだから来週現像して持って来てやろうと思う。そうすれば彼らにとって何気ない一日であっても記憶に残ることだろう。そういう事って意外に大事なのではないかと思う。
金曜日なので課業終了後は酒買って帰った。アリーさんの作った「タコライス」なるタコスっぽいご飯を食べて飲んで寝た。今週は忙しく、疲れていたせいかすぐにつぶれた。
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おっさんその①。一輪車で寝るな。多分近所の村人でゴミ拾いのおっさん。

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おっさんその②。多分ゴミ拾いのおっさん。事務所の電源で携帯充電するな。

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おっさんその③。薪を取りに来た近所の村人。

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彼らはコンポストの作業員。

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タコライス。メキシコ生まれ、沖縄育ちだそうな。食べたのは人生初、そして最後かもしれないので記録に残す。

●過去を振り返って
タコライスは俺が思っていたほどマニアックな食品ではなく、帰国して何度か食べる機会があった。

7月24日
美川さんとタウンでチョプシーを食べた後、フェスティバルのパレードに参加した。フェスティバルのメインイベントとして、ミスコンテストがあって、市役所からもミスカウンセルがエントリーしていて、彼女の乗せた車の後ろについていく形でタウン界隈を練り歩いた。沿道はすごい人である。みんな本当にお祭りが好きなんだなあと思う。45分ぐらいかけて更新して、会場の広場に到着。そこで表彰式があって、市役所も何かの賞をとったみたいだった。
他に用事があったので、最後までその場にいなかったが、今日はラウトカでの印象深い一日になった。
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ミスカウンセルの車。何故か3Rの幕が飾ってある。昨日デポで市役所の人が作業しているのを見ました。

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いつもはマーケットゴミや、リサイクル物を回収するジャイカトラックも綺麗に飾られてパレードに参加。

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沿道はすごい人。ラウトカでこういう光景は初めてでした。

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参加出来て良い思い出になりました。

7月25日
朝方、暑くなる前に、畑の拡張作業を実施した。水菜大量生産作戦のため、裏庭からブロックと土を持ってきて、奮闘一時間。水菜約20株を植えることが出来た。2ヶ月後食べきれないほどの水菜が収穫できるにちがいない。ワッショイ、ワッショイ。
今日はアリーも上の階の住民もいないので、久々にギターで本気で歌った。おそらく隣近所にまで音が届いたに違いない。
その後は隊員機関紙の編集作業を進めたりして過ごした。
来週も忙しくなる。今日は早く寝よう。
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9月は水菜祭り?

7月26日
月曜日。明後日にフィジーを去ることになっている韓国のボランティアのジュードのお別れ会を家でやった。仕事の後、すぐに買い物して帰ってきて、急いで食事を作り始めた。奮闘一時間半、何とか形にすることが出来た。6時開始だったので、それに合わせて全力を尽くしたものの、ジュードがこない…。彼もすっかりフィジアン化しているのか、結局疲れて家で寝ていたとのことで、7時半ぐらいからスタートとなった。あんまりお別れ会という雰囲気はなかったが、きっとジュードや皆にとって良い思い出になったと思う。私は10時ぐらいに寝たが、ジュードとアリーと中本君は遅くまで飲んでたみだいだった。
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私は煮卵、お好み焼き、お浸し担当でした

7月27日
植物というのは日々少しずつではあるが、確実に大きくなっていくので観察するのが楽しい。しかし、今日は悲しい出来事があった。処分場の実験畑の野菜が犬に荒らされて、片方の畑のチンゲンサイがほぼ壊滅状態になってしまった…。犬はチンゲンサイを食べないけど、きっと畑の上で寝てたんじゃないの、とかおじさんは言っていたが、フェンスとかで守ってないのでそうだったかもしれない。とにかく、日々の楽しみの一つがなくなってしまって残念である…。
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さよならチンゲンサイ…。短い間だったけどありがとう…。

7月28日
昨日は犬に畑を荒らされてしまって涙目になったが、今日行ってみると柵が出来てあった。頼んでないけどやってくれました。ビナカ。
仕事が終わって家に帰って、ついに家庭菜園の水菜を収穫した。一カ月半ぐらいでずいぶんと大きくなった。無農薬有機肥料で栽培したが、問題なく育ってくれて嬉しい。これをアリー冷やし中華の具にして食べた。しゃっきりして美味しい。今回はあと4株が収穫できるが、また一カ月後には20株収穫できるのが楽しみである。
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立派な柵をつくってくれました。でも入口がありません…。

7月29日
ヒマワリでコンポストの性能テストをしている。普通の土と、土とコンポスト半々、全部コンポストの3通りの鉢を用意してヒマワリを育てている。しかし…。普通の土のが一番大きくなっている。その次が半々のやつ。コンポストは最下位…。まだ実験は始まったばかりなので、逆転もあるかもしれないが、この調子だと私がこれまでやってきたことがすべて無駄だったと証明するようなつらい結果になってしまう。ただし、如何な不都合な結果でも科学的実験であるのでカウンターパートの落胆する顔を見たくないが、正確に報告しなくてはならない。つらい…。
仕事が終わって、今日の晩御飯も水菜。サラダと炒め物にしたが、どちらも美味い。無農薬栽培の健康食で、しかも自家製なので金もかからず、家庭菜園最高である。

7月30日
金曜日。今日は現場には行かず、オフィスでプレゼン資料を作っていた。仕事の後は家で美川さんと中本君とで晩飯を食べた。昨日これは人に出せる、とおもったので、今日も水菜のサラダと炒め物を作った。その後9時半ぐらいまで飲んで、皆帰ったので就寝した。

7月31日
フィジー西部地区新隊員歓迎会が我が家で開催された。総勢10名の最近では大きめの歓迎会で、ナンディのSVの人など初めて会う人が4人だった。朝の3時半から起きてちょろちょろと準備していた。私は定番ラウトカチキンと、サンドイッチを作った。参加者もそれぞれサラダ、フライ、ケーキ等を持ってきてくれて、テーブルから溢れんばかりだった。新隊員の伊賀さんは少し緊張している様子であった。さっそくホームシックらしいのでまた何かに誘おうかと思う。
しかし、思うのは西部地区の隊員もずいぶんと入れ替わったと言う事。いつの間にか自分が古株になっていることは感慨深い。
歓迎会は6時過ぎに終了。最近は少し日が延びたようだった。夕焼けが綺麗だった。

8月1日
日曜日。ついに8月入り。日本は猛暑らしいが、ここフィジーでは季節が反対なので、それほど暑くはない。得した気分になる。さて今日はアリーと映画を見に行った。しかし、時間を勘違いしていたので待ち時間が一時間以上出来てしまった。なので、昨日の歓迎会でSVのMさんが帽子を忘れていったので先に届けに行くことにした。帽子を届けるだけなら玄関先で十分なのだが、うまく中に入り込んで昼ご飯を御馳走になった。作戦通りであった。また、映画を見た後にもう一度行って刺身(づけ)をもらって帰った。映画はアクション系でとにかく世界が救われたと言う話だった。ありがとう、お疲れ。それでそのあと美川さん家に行ってづけを一緒に食べた。美川さんは今日一日、生クリームを使ってグラタンとクッキーを作っていたのだそうな。それもいただいて今日はおなかいっぱい、カナビナカな一日だった。
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SVのMさん作のづけ:「本当にうまい!フィジーでは考えられない!」

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美川さん作クッキー:「…いや、その、おいしいです………。」

8月2日
月曜日。3日ぶりに現場に行った。野菜の生育具合を観察するためである。しかし…。やっぱりマーケットコンポストを使った畑の生育が悪い。いや、フィジーの普通の土がもともと良いので肥料が必要ないのかもしれない。フィジーソイルベリーグッドエ!(フィジーの土はいいんだよ)とか現場のおっさんが言っていたが、何だよそれはと思って、フィジーベリーファニー(フィジーは変なんだよ)、と吐き捨てたらみんな笑ってた。こっちは泣きたいよ…。
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ヒマワリ生育実験。左がコンポスト、右は普通の土。

8月3日
午前中は会議に出席した。私の出番であるプレゼンは5分ぐらいで終わったのだが、出席者の中によくしゃべる人がいて、会議は3時間近くかかった。彼女の言っていることはおそらく間違ってはいないと思うのだが、全体の発言時間の半分以上を占めると思われ、聞いている方は非常に疲れた。正しいとか正しくないという議論より大切なことがあるはずである。
オフィスに帰ってメールチェックすると20通ぐらい来ていたので驚いた。これを読んだり返事返したりしている内に課業は終了した。
今日の晩御飯はハンバーグ。フィーリングで作ったけど美味くいった。ビナカッチャン。
ところで、アリーさんがロティーを作る鉄板を自作して持って帰ってきた。これを使ってロティー屋アリー初営業。私も去年はロティーをたまに作っていたのだが、これで焼いたロティーはそれよりも出来がいい。明日からロティー祭り?
ところで、このロティー鉄板をひと目みて「うまく焼けたら私にも作って」と言ってきたf不届き者が約一名いたが、「魚を与えるより、漁の仕方を教えよ」というジャイカのODAの原則に則って、彼女には溶接科への入学を強く推薦しようと思う。
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これがロティー(食べかけ)。小麦粉と水をこねて、薄く焼いたもの。カレー等をつけて食べる。

8月4日
朝からジャイカの広域研修に関するメールを読んだり返信したりで忙しかった。昼前に同僚と学校環境教育プログラムのモニタリングに行ってきた。今日はジャスパー小学校と中学校に行ってきた。2校とも分別収集に取り組んだり、コンポストの施設を作ったりと、なかなか頑張って切るようだった。しかし、私は高見の見物と言うわけにはいかず、各学校の取り組みを評価して順番をつけなくてはならない立場にいるので、楽しいながらも気の抜けない仕事となっている。

オフィスに帰ってきて、再びメールの返信に忙殺され、その合間に今日行った学校の評価書を作って一日が終わった。なので今日は現場に行けなかった。家に帰っても隊員機関紙ブラの編集作業が待っていて…。明日からも当分は多忙な日々が続く。
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4種類のゴミ箱が各クラスに設置されています。

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コンポスト施設。この学校は大きいので3つも作ってました。

8月5日
今日は本当に頭に来た。最近忙しく、3日ぶりに現場に行ったら、ワーカーさんがずさんな事をしていた。お前これどういうこと?と聞いたら、いやシャレン(私のCP)が言った、と言い訳してきた。彼がそんな指示を出すわけないのは明白であるが、じゃあ帰ってから確認するといってその場は収めた。
しかし怒りのあまりコンポストヤードに一時間以上立ち尽くしていたら彼らはどこかに逃げてしまった。その後歩いてオフィスに戻ろうとしたら、橋を渡るときにそのあたりにたむろっていたフィジアンに橋を渡るなら2ドル払え、とか本気か冗談かわからないようなことを言われて、さらに頭に来た。結局払わなかったが、「おいチャイナ、金」って、お前昼間からかつあげするぐらいなら仕事しろ。とにかくオフィスに帰って、CPに現場でワーカーさんの言ってきた事の真偽を確認したが、やっぱり奴らは嘘をついていた。もう最低。まるで子供のようなすぐばれる嘘をつくなよ、39歳にもなって。
帰りに酒買って帰って、アリーロティーと美川コンビーフ炒めをつまみにして飲んで寝た。

●過去を振り返って
カツアゲ未遂事件は今思えば迂闊だった。近道のため、あまり人の通らない道を通ったのが間違い。
このことは職場の同僚に言わなかった。言ったら未遂でも犯人探しになって、大事になったと思う(村人だし、多分探せば見つかったと思う)。
俺自身はへっぽこ隊員だが、何かあったらラウトカ市としてはJICAに申し訳がたたない。
俺はラウトカ市のためにも無事でいなくてはならなかった。

なお、チャイナと言われたが、俺はジャパニーズだとはっきり言っておいた。後は、金を払う必要はない、で突っぱねた。

8月6日
隊員機関紙「ブラ」の取材と称して、魚博士・SVのMさんに魚の買い方、さばき方を指導していただいた。
港をいろいろ見て回って生きが良いのを物色する。そして、Mさんお勧めの魚を購入。6匹セットで12ドル(600円)だった。おまけにエビとカニも買ってこちらは20ドル。
私とアリーは仕事があるので7時半ぐらいに港を出た。魚類はMさんに氷漬けにしてもらって持って帰ってもらった。
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夕方仕事が終わってすぐにMさんの家を訪ねた。アリーは別件で忙しかったが、美川さんに来てもらって2人でさばき方等を教えてもらった。
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超豪華、刺身特盛り。今日買った、「ブダイ」「ゾウリエビ」とMさんの買った「鯵」等である。特にエビの刺身などは絶対に他では食べられない。
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身をとったエビも味噌汁にしてもらった。!!!、のうまさ。

腹いっぱい刺身をいただきました。お金では買えない最高の贅沢でした。高度な技と知識がないと、刺身はできません。Mさんありがとうございました。あれ、取材は?

●過去を振り返って
フィジーで刺し身は超贅沢である。マーケットで売っている魚は鮮度が悪いので生で食べるのは危険。フィジーでは、そもそも生魚を食べる習慣がないのであまり鮮度は気にしないのである。
なので、港まで買いに行って、その鮮度を保ったままの状態で魚をさばかなくてはならないのである。
この時食べた刺し身は最高にうまかった。
刺し身なんか日本だと普通に売っているが、苦労して手に入れたものはその分だけ価値がある。

8月7日
早朝からブラの編集作業を行う。そして、昼ごろ美川さんと中本と3人でラウトカ一の高級ホテル「ウォーターフロントホテル」のレストランに行った。頼むのはもちろんチョプシー。値段はなんと19.5ドル(1000円)。ほとんど私の一週間の昼飯代であるが、チョプシー研究家として食べないわけにはいかなかった。注文して待つこと20分。ようやく出てきた。普通の店ならもう食べ終わって店を出るころだが、さすが高級店、もったいつけている。お味は…、うまいことはうまいが、ちょっと塩味が濃い。そこだけなんとかすればなあ。でもかなり丁寧に作ってあるのは分かる。65点。
なお、美川さんがチリチキンを頼んでいたのでこれもいただく。これはうまい。素人の味ではない。80点。
贅沢したあとは、一人家に帰って、作業を続けた。夕方アリーが帰ってきたので、魚をさばいて刺身にして、庭で栽培しているシソをツマにして食べた。同時に酒飲んで8時ぐらいに寝た。
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圧倒的な価格設定で庶民を拒むウォータフロントレストラン。でもチョプシーは庶民の食べ物であって欲しいな…。

8月8日
シンガトカにあるオイスカ(日系NGO)を訪問した。今回はJOCV4人で、私は確か3回目である。広域研修について講座をお願いするので、内容を話し合うのが目的である。研修についてはメールで事前に協力をとりつけており、予算についてもあらかじめ見積もっていたので話し合いはスムーズに行った。2時間程度で会議は終わって、あとはYさんの家で酒を飲んでしばし歓談した。4時半頃オイスカを後にした、酔っぱらってバスの中で爆睡した。7時ごろ家に到着。謙三君がラウトカについてきたので我が家でアリー魚料理をふるまった。私は眠かったのですぐ寝た。

8月9日
村落隊員の謙三君が私の活動をアリーとともに見に来た。彼も村でリサイクルを推進させようとしているようなので、私の活動も参考になるかもしれないという状況であった。オフィスで少し説明した後、現場に行った。タクシーを拾って行ったのだが、タクシーの運ちゃんがメーターをつけない。それに気付いてつけてくれよと頼むと壊れているという。めんどくさいと脱力して、じゃあいくらだ、と値段交渉をしようとすると、後部座席からアリーが乗り出して、おればTPAF(の自動車科)のマネージャーだから直してやるよ、とか言って、ごちゃごちゃ言い訳する運ちゃんを無視してボタン押したら普通にメーターがついた。
さすがアリー、頼もしい奴。でもまあ、こっちからしても不愉快な出来事であったが、運ちゃんにしても途中からメーターをつけたので20セントほど損したはずであり、お互いのため、正直に商売をしてほしいと思った。現場をひとしきり見学した後、アリーは職場に、謙三君は一人でリサイクル会社に交渉しに行った。
午後から、学校の見回り。先週やる気のなかった。同僚のジェリーが今日はやる気で、2校行くことが出来た。
電気料金がいつもの2倍になっていた。あり得ないので明日文句を言いに行く。めんどくさい。
3日かけたブラの特集記事を書き終えた。もうひとつ何か書こうと思う。

●過去を振り返って
ボッタクリタクシーだが、インドや東南アジアほどひどくはない。多分交渉なら1ドルぐらい多めに払うぐらいで収まっただろう。
だが、何度もタクシーに乗ったが、こういうケースは稀だった。
ただし、ナンディのタクシーだけは交渉制なので面倒臭い。

8月10日
午前中に現場に行った。相変わらずコンポスト播いた畑の方野菜が元気がない。化学分析の結果がそろそろ帰ってくるはずなのだが、それを見て考えよう。オフィスに帰ってきて事務仕事して平和に仕事が終わった。美川さんと一緒に帰ってきてビールで乾杯といきたかったが、なかったのでジュースで乾杯。10時就寝。平和で健康的な一日だった。
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左:普通の畑   右:コンポスト播いた畑

8月11日
何と言ってよいか、これまで色々あったが、これからは野菜の栽培と少しの酒を楽しみにやって行こうと思う。幸いまだ、自分に残されているものはあるので、それを失わぬよう大切にしていきたい。その上で、あまり時間もないが、新しいものを少しでも積み上げられたら、もっとすばらしいと思う。
そして、アリーには世話になりっぱなしだ。いつもありがとう。

●過去を振り返って
迷惑がかかるかもしれないから書かないが、プライベートで悲しい出来事があった。苦い思い出も青春だ。

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