肉体労働の日々…

<概要>
この頃からまた仕事が忙しくなってくる。
それに比例してか日記の量も増えている。
この頃は、仕事のやり方もわかってきたし、職場の人からもそれなりに信頼されてきたのでやりかすかった。
ただ、やはり英語力不足が活動の足を引っ張っていた…。
まあ、それでもなんとか自分のやれることをやっていた。

6月21日
月曜日。今日の新聞に私が関わっている、マーケットゴミからの堆肥製造事業についての記事が載っていた。小さい記事で、もちろん私に関する記載はないが、私のボスが、金曜日にコンポスト事業の意義等を記者に語っていたようである。ボスは直接この事業にはかかわっていないが、記事を読む限り良くわかってくれているし、私のやっていることにも理解を示してくれているようで嬉しかった。

ということで、たまには仕事のことでも書こうか。大体いつも8時前にオフィスについて、それからメールチェック及び返信などをして、9時過ぎのティーの後にマーケットに行く。
そこでマーケットゴミの分別に参加しつつ時々グロッグを飲む。11時過ぎに収集トラックに乗って処分場にあるコンポストヤードへ。そこでモニタリングしたり、今後の計画などに思いを巡らせる。

今日は月曜日なのでゴミが少なく、午前の作業時間が短かったので、ワーカーさんに追加の作業を頼む。彼らは基本的にめんどくさがりなので、作業を頼むのもタイミングを見極めなくてはならないが、最近いけそうなタイミングが分かってきた。今日は、出来上がった堆肥をトラックに積んでトラックスケールで重さを量ってほしいとお願いした。おそらく数トンある土をトラックの荷台に乗っけるのでかなりのハードワークなので頼むのも気が引けるが、こんな時、私がやるから手を貸してくれという言い方でやっている。

実は私は立場的には市役所のホワイトカラーの職員に属しているので、命令だけしてオフィスに戻ってもよいのだが、英語もろくに話せない、また何かの専門家でもない私がそんな偉そうにしても誰も言う事聞いてくれないだろうと思うので、いつも現場でワーカーさんと共に汗をかいて作業をしている(ちなみに私のカウンターパートはワーカーさんに対してかなり高圧的であるものの、こちらではそれは当り前のことである。そしてオフィスの職員の方が現場のワーカーより給料ははるかに良い)。

少し話が逸れたが、今日の作業については快諾?してもらったので、私を含む3人で堆肥の前まで行って作業を始めた1分後、「ショベルカーでやった方が楽だよ」と言ってきた。それもそうなので、現在離れたところで作業しているショベルカーが戻ってくるのを待った。その間グロッグやってまったりしている内に昼休みになった。昼飯など持ってきてないので、ただ椅子に座って遠くの方を眺めていた。薪を拾う近所の村人、クズ鉄ひろいのおっさん、顔見知りのゴミ収集の作業員たちに手を振ったり…。そんなこんなで1時間が過ぎ、仕事タイム。しかし、昼寝中のワーカーの一人がなかなか起きない。彼は腕力は私の3倍ぐらいあるはずなのだが、とにかく怠け者である。まあ、一般のフィジアンは皆そんな感じなのだが。それでもまあ、昼一で無事堆肥の重さをはかることができた。結局42トンの野菜ゴミから4.2トンの堆肥が出来た。ちょうど10パーセントである。予想では10トンぐらいできると思っていたのだが、意外に少なかった。
しかしこうして定量的なデータがあると、実験結果の価値は跳ね上がるので、とにかく実りある一日であった。仕事が終わって家に帰るまで色々あったが、それはともかく今日の晩御飯はグラタンに挑戦した。ネットで材料を確認して、分量は味を見ながら適当に加えて、ホワイトソースを作って、上にチーズとパン粉のせてオーブンで10分ほど焼く。オーブンがあると料理は楽しいなあとか思いつつ10分後取り出す。適当に作った割に、美味しく出来上がって、アリーさんからの評価も上々であった。簡単でおいしい男の料理。これは私の料理レパートリーに入れておこうと思った。
hakobu

マーケットのごみ捨て場での回収・分別作業。結構重労働です。

torakku
ゴミ回収トラックと重量計。どちらもジャイカの援助です。

yunbo
ショベルカー。これもジャイカの援助。

atui
毎日本当に暑いです。

guratan
最近はずすことが多い料理実験ですが、今日はうまくいきました。ビナカ。

6月22日
午前中に会議でナンディに行った。今日はジャイカ職員の田宮さんのフェラウェイで高級中華を御馳走になった。しかし火曜日はヒンズーの人はベジタリアンの日らしいが、出てきた野菜炒めを、猛烈な勢いで食べていたので驚いた。太るわけだ。昼に腹いっぱいになったので晩飯は適当にマカロニ野菜炒めを作ったが、意外にうまかった。この日のアリー君は仕事で相当ストレスがたまっているにも関わらず酒を飲まなかった。そして9時に寝た。今日は健康記念日だった。

6月23日
今日は朝からビラ配りに行った。タウンの中にあるナモリ村というところである。街中にある村と言っても、アメリカ村とかじゃなく、本当のフィジアンビレッジである。何のビラかというと、この村でゴミの分別回収を来月から始めるというお知らせと、ホームコンポスターの購入についてのお知らせである。ビラといったが、これはジャイカプロジェクトの予算で作ったカラーの上質紙で作った高品質なものである。
さらにビラを配るだけでは、人々に浸透しないので、一軒一軒訪ねて行って、ビラの内容を説明しながら回らなければならない。ナモリ村は200件ぐらいあり、うちの部署の人間だけでは人手が足りないので、臨時に人を雇って助っ人してもらった。そして当然私も行くことになった。2人ひと組で6グループ作って村を巡回した。私は説明するのが下手であるが、パートナーのフィジアン女性が能弁だったので、荷物持ちと撮影に徹した。こう書くと役立たずのように感じるかもしれないが、それは違う。これはジャイカのプロジェクトであるので、もちろん3Rの理解を求めることが巡回の目的であるが、日本の存在感を示しておかないとODAの意味がないからである。何もしなくても私が同行するだけで日本のためになるのである。
以上弁解終わり。
それで、私が見る限り、村人たちは分別収集に理解を示してくれているようであった。来月から本当にやってくれるか楽しみである。
午前中にほとんど終了したので、午後から残りを終わらせて次のエリア(また数百件配らなければならない)を前倒しでやってほしいと、担当のジャイカ専門家の人が頼んでいたが、それはフィジーの文化ではないので、はかない願いに終わった。まず、午後の作業開始がだらだらしていたので一時間以上遅れたこと、そして午後から村に行ったものの、私ともう一人の日本人が持っていたデジカメで撮影会が始まったので、結局午後はほとんど何もしなかった…。明日やれることは今日やらない。むしろ今日やるべきことも明日やるというのがフィジーの文化である。
楽しいだけで何が悪い?
fijian
真ん中の二人はイカツイですが、フィジアン女性らしく超陽気。とにかくこちらの人は男も女も子供もおじさんおばさんもカメラを向けるとノリノリです。

●過去を振り返って
JICAプロジェクトの一環なのでやってることのスケールが大きく、関わっていて楽しかった。隊員一人の活動ならもっとこじんまりしていただろうに。

6月24日
今日も一日ビラ配り。商業地区の一部の地域のお店にリサイクルのための分別収集のお願いに回った。普段行かないような雑居ビルの2階に入ったりとなかなか興味深かった。皆リサイクルの重要さには理解を示してくれて話はしやすかった。2人で30件ぐらい訪問したが、嫌がったのは1件だけだった。全員で手分けしてやったので、数百件のノルマも一日で終了できた。明日も別の地区であるが、私は通常業務(コンポスト)があるのでビラ配りは今日で終わり。
昨晩から断水であるが家に帰ってもまだ水がでない。だから、というか実はそれとは関係ないのだが、美川さんところで酒飲んだ。しかし戻ってきたら水が出るようになっていたので、急いで水仕事をして、力尽きて就寝。
fijianlady
単に紙を配るのではなく一軒一軒説明して、協力を求めます。ありがたいことに大体の人が協力的でした。

●過去を振り返って
ビラを配るだけでは、だれも協力してくれない。手間はかかるが、会って説明してお願いすることが大切なのだ。これには勉強させてもらった。

6月25日
金曜日。3日ぶりに現場に行って肉体労働。やっぱりゴミ処理場は落ち着く。今日は真面目に仕事をして一週間終了。仕事の後、肉屋でギュウタンの塊を買ってきて自分でさばいた。それとホワイトラムを持って今日も美川さん所に行った。7時過ぎぐらいにスバから美川さんの同期の川村さんと柿田さんがやって来て4人で食事をした。「3人の花に囲まれてうれしいでしょ」とか言われたが、果たして処分場に咲くヒマワリとどちらが綺麗だろうかとふと思った。かなりのペースで飲んだので酔いが速く回り、客の前で寝るのも悪いので、遅れてきたアリーと入れ替わるよう一人で帰宅した。
himawari

処分場の入り口に咲くヒマワリ

6月26日
金がない。あと10日ほどを30ドルで過ごさなくてはならない。酒も買えないどころか、昼飯も節約せねばならないかもしれない。来月からは金銭管理にもっと気をつかおうか。

6月27日
朝5時ごろ起床。アリーがソファーで飲み潰れていた。昨日から中本君と小林さんんが来ていたが、タイミング悪く、断水になってしまい。彼らも不便に思ったことだろう。こんなラウトカは恥ずかしい。昼からまた飲酒。2時間ほどで私は酔いが回って睡眠。8時ごろ目が覚めたが、頭が痛く、再び睡眠。12時ごろ起きてさあどうしようかというところ。やはり昼間から飲むのはよくない。生活のリズムがくるってしまう。今週は金銭的な理由もあり、禁酒しようと思う。

●過去を振り返って
一体、何回目の禁酒なのだろうか…。

6月28日
今日は現場仕事も事務仕事も忙しかった。夜は健康体を目指して味噌汁と梅干しとご飯にしたが、9時ごろに腹がすきすぎて胃が痛くなったのでご飯をまた食べた。難儀な体である。

6月29日
10時から会議。今週の土曜日にある、3Rのプロモーションイベントの打ち合わせだった。これまで準備で忙しそうなのを遠目に見ていたが、何故か出席するように求められ、そのなかで「風呂敷講座」をやってほしいと言われた。一年前にも少しやったことがあるが、そんな簡単なものではないし、しかもあの時は風呂敷マスター吉川さんあってこその企画であった。今度はそれを一人でやれと。軽く抵抗したが、難なく押し切られ、結局やるはめになった。ここは心の奥底に封印してある持ち前のボランティア精神(そんなんあったっけ?)を引っ張り出して、前向きに頑張るしかない。

その後現場に行って、ワーカーさんたちが最近手抜きをしているのに耐えかねて、いよいよ(それでも控えめに)、苦情を言ったら、一応わかってくれたが、すねていた。このあたりは難しいが、言わないとどんどんサボるのでしょうがない。まだまだ自主性にはまかせられないな。

仕事が終わって買い物して、美川さん家で夕飯食べた。肉じゃがだったが、美味い美味いといいながら、自分が作ったらどうなるかも同時に考えていた。9時半ごろ、たまたまミニバス停のあたりを散歩していたら奇遇にもスバから来た室田さんに出くわし、じゃあ、ということで美川邸にやってきた。そして誕生日プレゼントに横流しビーフジャーキーもらった。ビナカ。

●過去を振り返って
もし日本からビーフジャーキーをフィジーに送ると、郵便局のチェックで没収される。肉類はアウトなのだ。しかし、その没収された品物は捨てられないみたいだ…。

6月30日
朝、職場に行くとワールドカップで日本が負けたことが話題になっていた。確かに負けたが、ここまで進んだこと自体が勝ちなんだと言いたかったが、英語力のなさから断念した。午後から風呂敷の師匠に教えを乞うため、一人ナンディに行った。
しかし裏の目的があって、以前から聞いていた「うまいチリチキン」を食べに行った。たまたま出くわした師匠と二人でそのお店に行った。その味は…。辛い。こんな辛いチリチキン初めて食べた(でも食べきったが)。汗と鼻水が止まらなかった。でも美味かった(280円ぐらい、ちょっと高め)。その後本来の目的である、風呂敷についてご教授願って、また一人ラウトカに戻って行った。しかし、これからが大変だ。まず、風呂敷自体を用意して、風呂敷の結び方はビデオに撮影させてもらったので、それを職場の人に見せて、覚えてもらって、私も風呂敷講座の原稿を用意して…。今日はもう寝よう。
chilichiken

今日食べたチリチキン

●過去を振り返って
風呂敷講座はスーパーのレジ袋削減のためのヒントと、日本文化の紹介のために実施しようとしていた。これはナンディの同期隊員の吉川さんのアイデアである。それをラウトカがパクったのだった。

7月1日
朝から現場に行った。おとといにワーカーさんに指示を出しておいたことが一部出来ていなかったので困った。怒りたいところだが、何か理由があったのではないかと思いを巡らせる。最近は廃棄物プロジェクトも忙しくなり、彼らもコンポスト事業以外にも仕事が増えている。コンポストの方は現在、一応結果が出ているし、それほど優先順位が高くないことも理解している。
しかしなあー、4回も言っているのにやらないのはちょっと考えものだなあと思う。言ったら言ったで、じゃあ、午後からやるよ、と答えるはずだが、前回もそうだった。彼らも安月給(JOCVが生活費としてもらってる金の半分程度)でゴミをいじくりまわす作業していてやる気も出ないだろうし、急がず気長に待つしかないのかと思う。

最後には何とかなるのがフィジーなのだから。今日は曇っていたので険しい表情でそんなことを考えながら一時間ぐらい現場で佇んでいた。その間に青空グロッグが始まっていたので、作業を終えてそっちに混じった。何だかグロッグ飲んでると、さっきまでごちゃごちゃ考えていたことが正直どうでもよくなってきた。これでいいんだ、きっと…。

午後からカウンターパートと風呂敷講座に使う布を買いに行った。一番安いのを4枚買って帰って、早速オフィスで実演してみた。風呂敷バッグも簡単なタイプだとすぐ作れるのであるが、周囲にいたフィジアンは驚いていた。so creativeだと。期待以上に周囲の反応がよかったので明後日もうまくいくに違いない。
そして講座の詳細は明日考えようと思っていたら、カウンターパートから今晩の住民説明会でそれやってほしいと言われた。いきなり言われても困るという表情をしたが、さらにお願いされたので毒を食らわば皿までの心境で引き受けた。幸いそれまでに2時間ほど時間があったので、急遽構成を考えて、会場に向った。そして住民説明会の最後に呼ばれて、簡単に風呂敷バッグの実演と説明を行ったが…反応は微妙だった。いきなり住民説明会の内容とまったく関係ないことが始まったのでみなついて行けないような感じだった。なんともいえない雰囲気のまま住民説明会は終了した…。同僚は風呂敷プレゼンテーションよかったよ、とか言ってくれたが、正直やらんほうがよかったんじゃないかと思った。
なお、この時もグロッグが大量に出て、もう無理という寸前まで飲んで帰った。そして思考能力の大半が失われ、戸締りだけしてすぐに就寝した。今週は忙しい。
furosiki
一枚の布から一分もかからずにカバンができる。フィジアンもビックリ。

●過去を振り返って
なんだかんだで、同僚から仕事を頼まれることは嬉しかった。

7月2日
私は常々思っているのだが、ルールを守らない奴は悪いが、守れないルールを作った奴もまた悪いと。
野菜ゴミを乾燥させるプロセスでワーカーさんが手抜きをする。それは乾燥過程で浸出水低減のためにゴミを一度移動させるという手順であるが、なかなかやろうとしない。これは私ではなく、ジャイカ専門家の人が考案したプロセスであるが、私も実際にやってみて、技術的に適正なものであると思う。
しかし、実際の作業は少ししんどい。ワーカーさんの立場からすればなるべくやりたくないのはわかる。こちらからすれば、仕事なんだしやれよ、出来なくはないだろう、といいたくなるが、ここは異国の地。こちらは常識と思っても、今一歩立ち止まって、慎重に発言しなくてはならない。
日本人でもそうだが、誰しも面倒臭いことは嫌いである。しかし、フィジー人は面倒臭いことは大大大嫌いなのである。だとすれば、それを配慮し上で、作業手順を考える必要がある。いくら技術的に正しかろうとも、実際の作業は人間がするのだから、その性格や行動パターンまで計算に入れなくてはならない。そういう意味で今のやり方では、やや無理があり、適正技術は言い難い。反省しなくてはならない。

なので当初は今よりも複雑なコンポスティングプロセスであったが、これまで徐々に簡略化していった。私が帰国しても、ずっとこの事業が継続できるように。ありがたいのは、コンポストヤードの運営については私の意見はほぼ100%通るということだ。本当は現場監督ぐらいの立場であるのだが、カウンターパートやジャイカ専門家の人は他の仕事が忙しく、ほとんどタッチしてこないので、私のやりたいように出来るのはありがたい。

ということで、今日もさらなる簡略化に取り掛かかろうとした。それは先週からやろうとしていて、まずはヤードにある野菜ゴミをどかしてくれとワーカーさんに伝えていたのだが、3回ぐらいいったはずなのだが、やらなかったので、結局先週は出来なかった。今週もずっと待っていたが、金曜であるこの日になってもやらないので、痺れを切らして自ら先頭に立って作業を行った。まず、彼らがやらなかった仕事を私が黙々とやりだす。しばらくすると木陰で休憩していた彼らもやばいと思って作業を手伝いに来る。このあたりの空気を読むのはうまい。もし、私が肉体労働をして、彼らがサボっているところを私のカウンターパートに見つかったら、かなり激しく怒られるからだ。
そんなこんなで、皆集まり(なぜか直接関係ない処分場のボスも)、ショベルカーもやってきて、炎天下の中で3時間、無事この日の作業を終わらすことが出来た。喉も乾き、埃まみれであったが、断水で水がでない。オフィスに戻る体力も気力も失っていたが、今日はワーカーさんにトラックで送ってもらえた。この日はかなり出しゃばって、現場監督っぽく振舞ったので、嫌われたんじゃないかと思ったが、そうでないようなのでよかった。

仕事を終え、家に帰り、いつもなら金曜日なので酒を飲むところであるが、金がないので酒が買えない。札がなくなり、コインしかもってない…。冷蔵庫にはアリーの買った酒が入っていて、飲んでも怒られないと思うが、この3カ月、浪費を続けた己を恥じて、今週末は禁酒することにした。
じゃあ、せめて美味しいもの食べるかと、日本から送ってもらった大辛レトルトカレーを食べた。大辛など日本では食べられなかったが…。今感じるのはちょっと辛い程度。フィジーのカレーと同じぐらい。随分と辛さに強くなった。帰国したら激辛カレーに挑戦しようと思った。

●過去を振り返って
語学が堪能なら、上手く人を説得して動かすこともできるのかもしれないが、自分にはそれが出来なかった。
しかたないので体を動かした。
ベストな方法では無かったかもしれないが、それなりに通用した。

なお、帰国して、CoCo壱番屋の10辛カレーを完食出来た。

7月3日
土曜日であるが、仕事。今日の午前中にタウンの中心部で3R推進イベントが行われた。廃棄物プロジェクトの一環で、プロジェクトの紹介を通して市民に3Rの意識を高めてもらうのという趣旨である。この中で私は日本文化の一つである風呂敷の紹介をすることになっていた。直接プロジェクトとは関係ないのだが、アトラクションの一環としてやってほしいとのことだったので、本来門外漢であったが、風呂敷マスターから指導を受けたりして、成功に向け準備を整えていた。

しかし私だけではインパクトに欠けるので、職場の秘書のフィジアン女性と一緒にやる予定だった。前日に原稿書いて、一番簡単な結び方を教えて、一応覚えたようなので多分大丈夫だろうと思っていた。しかしながら、誠に遺憾ではあったが、彼女は本番になっても現れなかった…。しょうがないので私一人でやったが、もともと2人でやるように進行を考えていたので、急遽の変更のためかなりぎこちないプレゼンになってしまった。

何だかよくわからんという聴衆の顔を見ながら、私も何が何だかわからんと思った。しかし、言えるのは、もう二度とやらんということだ。でも、救いはあった。こんな屋外のイベントでもワーカーさんはちゃんとグロッグを用意していたので、勧められるがままに、かなりの量を飲んだ。すると、過ぎたことはもういいや、と思えてきた。そんなこんなであっという間にイベントは終了した。すぐに帰って寝た。
ivent
●過去を振り返って
ドタキャンはフィジーではよくあることでわかっていたのだが、さすがにこの時は焦って怒った。

3R=リデゥース(ごみ減量)、リユース(もう一度使う)、リサイクル

7月4日
五時半起床。暇なので数カ月ぶりに掃除をした。この3カ月ぐらい、今週はやろうやろうと思っていたが、アリーもいないし、今日は本当に他にやることがないのでついに決行することとなった。
まずは部屋の掃除。この数カ月、ゴミすら捨ててなかったのですごいことになった。床も拭いて、見違えるように綺麗になった。あとはキッチンも拭いて、リビングの床も裸足で歩けるように雑巾がけした。また、毛布もほとんど今まで干したことがなかったので、この機会に全部を天日干しした後はたいた。霧のような埃が発生してくしゃみが止まらなかった。
さらに、シーツやまくらも洗濯した。特に、まくらはこれまで一度も洗ったことがなかったので、洗濯機からの排水が真茶色だった。4時間ほどで完了。綺麗な部屋で清潔なシーツの上に寝そべっていると心まで洗われるようだった。今日の自分の頑張りをねぎらいたかったが、酒もなし、金もなし、米もなく、飯も食えない。しょうがないので、久々に一人グロッグでまったりしていた。

7月5日
月曜日。フィジー西部は現在乾季でほとんど雨が降らない。5月は三日ほど、6月は一日だけわずかな降水があり、7月はまだない。では砂漠みたいになっているのかと言うとそうではない。植物はこの気候に適応しており、枯れることなく生き延びている。日差しも強いが、南半球は現在最も昼が短い時期で、まだましのようであるが、実感はあまりない。暑いので現場で作業する時には頭にタオルを巻いている。今日もそのスタイルで一人働いていたら、ウエストピッカーのおっちゃんがゴミの中から拾った麦わら帽子をくれた。今後はこれをかぶって作業しようと思う。しかし、自分も日本に帰ったら、ウエストピッカーになろうかな。

●過去を振り返って
ウエストピッカーとはゴミから金属などを拾って生計を立てている人である。

7月6日
午前中にラウトカで会議があった。この前の学校環境教育ワークショップの発表をした。この仕事に関しては、これまで遠目で見ていただけだったが、いつの間にか主力メンバーになっているようなので、おそらく任期終了までの活動の一つの柱になるだろう。いよいよ環境教育隊員らしくなってきた。
先週で3Rのパイロット推進地区の拡大の仕事がひと段落したので、私がやっているマーケットコンポストが再び動き出した。1か月待たされたが、ようやく成分分析に出せることになった。その結果を見て、販売価格を決めて、売りに出そうと思う。私が考えるに、マーケットで啓発活動と並行して販売できたら良いとおもう。なお、大変な計算の結果わかったが、一袋(10kg)作るのに人件費等で8ドル(400円)かかっているが、出来れば4ドルぐらいで売りたいと思う。半分は市役所が出す。環境のために。もう半分は市民がマーケットコンポストを使うことを通して負担してほしい。
ところで、土曜日の3Rイベントで風呂敷講座をすっぽかした職場の秘書があれ以来仕事に来ない。気まずくて来れないのだろうか。もう気にしてないのに。

7月7日
今日は七夕。ということで、仕事の後、ご近所の織姫さんがやってきて一緒にこの日を祝った。今日のメニューは沖縄そば。貴重な食材をアリーさんが料理してくれた。豚の角煮を上に乗っけて、うーん、ビナカ。食べつつホワイトラムを飲んでいると、それほど酔っぱらってはなかったが、疲労がドッと出てきて、食後しばらく体力回復のため横になっていた。最近忙しいから疲れがたまっているのだろうか。それはともかく、美川さんは一年、アリーは半年の節目の時期であるが、ダレることなく前向きに今後の活動に関する展望を今一度確認しているのを聞いて安心した。後は柱の陰からそっと応援したいと思う。
9時半ごろ織姫さんは帰って行った。また一年後。

7月8日
朝から現場で肉体労働に従事した。私がやらなくとも、ワーカーさんがやる仕事なのであるが、心にかかった霧を払うため、一心不乱にシャベルをふるい続けた。また、こうして私が作業することで普段さぼりがちな彼らにプレッシャーをかける意味もある。2時間ほどで作業は終了し、満足して帰った。体がゴミ臭くなった。午後は無理せずオフィスワーク。まっすぐ家に帰って、昨日の沖縄そばのだしで沖縄ラーメンを作った。ビナカ。しかし昼間吹き飛ばしたはずの悩みが夜も出てきて…。つかれて10時ごろ寝た。

7月9日
金曜日。今日も朝から現場へ。現在処分場の改善工事を行っているが、処分場の周辺の土手にパパイヤの木を植えようという計画がある。これは半分遊びで予算やちゃんとした計画のある話ではないのだが、今日のゴミの中にあったパパイヤからタネを取り出して発芽させるために花壇に播いた。処分場はかなり広いので、これを取り囲むように植えるとなるとかなりの数になるが、成功すれば処分場はラウトカの一大果樹園になるに違いない。しかし、果実のなるころには私はもう日本に帰ってしまっているのが残念である。結果は想像するだけしておこう。

さて、きょうのメインの仕事は成分分析に出すために肥料のサンプルを製作する事であった。結構めんどくさい作業で、めずらしくカウンターパートもこだわってきたので時間がかかった。結局9種類のサンプルを出すことになった。結果が分かれば、マーケットコンポスト事業の次の展望が描けるので楽しみである。

仕事が終わって美川さんと二人で、家の警備システム完成前祝いのためレストランで食事をした。男は弱音を吐くな、いや、普段そうじゃない人がたまにそうなるとグッとくる、という白黒のはっきりしない大人の世界の難しいお話を拝聴した。

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9種類の肥料のサンプル。違いにこだわったので、結果は科学的にも大いに価値があるはず。

7月10日
土曜日。朝からラーメンを食べようとして、コンロに火をつけようとしたが着かない。どうもガス切れらしい。しかし、つい2週間前にボンベを交換したばかりなので、亡くなるわけがない。しかし確かに空になっていた。おそらくどこかでもれている。とにかくガス屋に電話して来てもらってボンベを交換してもらったが、ガス漏れに関しては明らかにならなかった。今後爆発しないとよいのだが。
昼前ぐらいにナンディから吉川さんがやってきて、バナナと日本語の本を持って帰った。また、彼女の酒を飲むのは久々のような気がした。
さて、夕方から私とアリーと美川さんと吉川さんでアリランという韓国料理の店に行った。フィジーにも韓国料理の店がいくつかあるのだが、そのレベルは結構高いと思われる。かつて先輩隊員にフィジーで何が一番おいしかったか、と尋ねたことがあったが、韓国料理と答えた人が複数いた。
さて、久々に焼き肉食べて、ユッケも食べて色々小鉢も出てきて、ソージュも飲んで満足した。しかし、最後にアリーさんが自爆して2人のお姉さんに突っつかれていたのは見るに忍びなかった。8時半ごろ帰宅。少し家で飲んで10時ごろ就寝。

7月11日
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これだけまとまった雨は数カ月ぶり。野菜が心配でした。

日曜日。朝5時半起床。これまた早起きしていたアリーさんと朝飯食べていると雨が降ってきた。しかも大雨である。現在フィジー西部は乾季なのでこれは非常に珍しい。はじめ、たまには雨の風情のよろしいなあ、と鷹揚に構えていたが、徐々に野菜畑の事が気になってきて、もういいかな、と日が明るくなるぐらいには思っていた。

そして8時ぐらいに美川さんから電話がかかってきて、浸水したからモップ持って助けに来てくれとのこと。私はバケツと雑巾とモップを持って、何故かアリーはバナナを持って彼女の家に駆けつけた。実は洪水になるぐらいの大雨というわけではなく、浸水しているのは排水溝が詰まって、水が家に流れ込んでいる状況であった。とにかくラウトカ3人組と大家さんのサミーの4人で家内の排水作業に取り掛かったが、サミーの行動がコントみたいで笑えた。モップの先が外れたので釘を打って固定しようとしたら棒が折れて完全に壊れたり、家の状況を写真に撮ろうとしたら、勝手に割り込んできて写ろうとしたり、最後は疲れたせいか、いいわけして部屋に戻って寝てしまった。それはともかく1時間ほどで一区切りついたので私とアリーは退散した。そのころには雨もやみかけていた。

帰って休日恒例の料理研究を実施した。先月惜しまれつつも閉店したケーキ屋ラウトカの跡地に餃子屋ラウトカを開店するため、4度目の餃子に挑戦した。前回はカレーとキムチ餃子という変わり種餃子であったが、今日は豚肉、キャベツ、ネギ、オクラの比較的普通の餃子である。時間を忘れて3時間かけて完成。うーん、もう少しで人に出せる。皮も前回より薄く作れたし、焼き方もつかめてきた。でもオクラは少し餃子には向かないかもしれない。ニラがあればよいのだが…。反省はまた次回に生かす。その後酒飲んでまったり過ごしていたら夕方に美川さんがバナナケーキをお礼に持ってきた。どう、どう、と聞いてくる彼女に対し適当にあいづちをうちつつ、ケーキをかじりながら今日のラウトカも色々あったなあと、若干の感慨を込めて窓の向こうの遠くを見つめていた。外はすっかりと晴れていた。
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今日作った餃子の一部。まだ修行が必要かな。

●過去を振り返って
帰国してから餃子は一度も作ってない。美味しい餃子がスーパーにいっぱい売っているからだ。でも、どっちが幸せなことなのだろう。

7月12日
月曜日。昨日は早くに寝たので4時半起床。昨日は大雨だったので、現場が気になって見に行った。コンポストも適度に湿っており恵みの雨となったようだ。しかし、よく見れば今日のマーケットゴミがイレギュラーな場所に下ろしてあった。ワーカーさんの手抜きである。すぐに事務所に引き返してきっぱりと、決まった場所におけ、と言ったら珍しくすぐに作業した。やはり手抜きの自覚があって、やばいとおもったのだろう。でも、私が帰国したら、このコンポスティングシステムは滞ると思われるので、もう少し簡略化する必要がありそうだ。午後からCPとジャイカ専門家の人と、サモアからの客人に現場を案内した。もしこの時、ワーカーさんの手抜き作業が発覚していたら、私のカウンターパートは彼らに激しく怒っただろうが、午前に修復しておいたのでばれなかった。まったく運のいい奴。そんなこんなで一日が終了。

7月13日
最近フィジーは一応冬ということで、寒いまではいかないまでも、夜はかなり涼しい。毛布を二枚重ねにしないと寝るときにつらいぐらいである。そしてこの時期風邪がはやるのだが、私も朝から少し風気味だった。そして、今日はオフィスのエアコンがきつくて、さらに症状が悪化した。昼休みには昼飯にチリを食べまくって、公園で日光浴をしていた。なんとか仕事を終えて帰宅。すぐに寝たかったが、今日は近所に住む韓国のボランティア(KOICA)のジュードが招いてくれていた。彼は2年間の活動を終え、今月末に帰国する予定であるので、今日は何としても行かなくてはならなかった。ということで、お土産の大吟醸を持って6時過ぎに彼の家を訪ねた。
フィジーのジャイカ隊員は2人ひと組が基本だが、コイカは一人暮らしが基本だそうな。そして彼もいい家に住んでいた。中も綺麗にしてあっていい感じだった。料理も彼が直々にプルコギを作ってくれた。先日韓国料理店で食べた焼き肉よりよかった。その他キムチやスープもいただいてカナビナカだった。そして、飲み物は、ビールに酒を混ぜるコリアンスタイルでいった。意外に味も良くなるのでグイグイいけた。飲みつつ2、3時間話をしていた。彼は英語が堪能で、しかも分かりやすく話してくれるので7割ぐらいは言っていることが分かる(なお、ローカルの言っていることは3割ぐらいしか理解できない)。しかし、酒が効きすぎて、9時ぐらいには撃沈しそうになったので、お礼をいってから、迷惑かける前に私一人退散した。
soju

ビールと韓国酒を混ぜる。意外にいける。でもきつい。

●過去を振り返って
話を聞いていれば、JICAボランティアよりKOICAボランティアのほうが待遇が良いようだった。

7月14日
6時起床。風邪は良くもならず悪くもならず。仕事休んでもいいかと一瞬思ったが、休んでも退屈なので今日も普通に出勤した。職場でも私と同じように皆風邪をひいているみたいだった。私も流行に乗り遅れなくて良かったなあと思ってる…わけないが、皆風邪を引きながらも仕事に来てるのだから、私も頑張らなければと思った次第である。午前中現場、午後はオフィスの事務仕事のいつも通りの一日だった。

7月15日
6時起床。体調は上向きか。朝からいつものようにマーケットに行って写真を撮っていたら、ゴミ回収のおっちゃんが俺もとってくれと言ってきたので何枚か撮ってあげた。本当にフィジーの人は写真が好きである。彼らには時々グロッグをもらっているので、明日プリントアウトして進呈するとしよう。喜ぶに違いない。
その後は処分場に行って作業した。ひと月前からやろうやろうと思っていた、畑の整備にいよいよ取り掛かった。堆肥の性能実験の一環で、処分場の一画に畑を作って、野菜を育てるという計画である。しかしながら処分場なので土にゴミが混じっていたり、石ころが大量に転がっていたりして、野菜を育てるには良くない環境であった。なので手作業で不純物を取り除いて土を綺麗にした。しばらく作業をしているとカウンターパート2人が何かの用事で処分場を訪ねてきて、私が作業しているところに出くわした。何だお前ファーマーか、なんて言われたが、私もまんざらではなかった。少し農業もやってみたいと前から思っていたので、作業はつらくはなかった。
しかし、カウンターパートはお前やらなくていいよ、作業員にやらせろ、といって彼らに指示を出して、私の作業は終了してしまった。こちらの人にとっては肉体労働はしんどいだけで、なるべく避けるもの、という価値観があるのだろうか。私としては健康維持のための軽いエキササイズ程度のつもりで作業しているので嫌ではないのだが。むしろカウンターパートは腹が出ているのでたまには現場で作業したほうがよいと思う。それはともかく、そのあと野外グロッグでまったりしてちょっと得した気分でオフィスに帰った。
maeketgomikaisyu

マーケットのゴミ回収のおじさん。
yagaigurog
野外グロッグ。仕事中のイベントの中では一番好き。

●過去を振り返って
写真の現像は1枚1ドル(50円)程度だ。少々金は使うが、写真を現像してプレゼントすると喜んでくれる。

日本だと、命令だけする人より、自分が先頭に立って行動する人のほうが偉いとされがちだが、フィジーはそうではない。ブルーカラーとホワイトカラーははっきり分かれている。
フィジー的にはホワイトカラーに属する俺が現場作業することはあまり良くない。
しかし、外人だから許されたのだろう。

7月16日
金曜日。朝から現場に行って、畑に堆肥を播いた。2つの畑を作って、一方にはマーケットコンポストを土に混ぜ、もう一方は対比のために普通の土で野菜を育てる計画である。科学的な実験と言うより、見学に来た人にマーケットコンポスト事業をアピールするための見世物として考えているので、コンポスト混ぜた畑は時間をかけてかなり綺麗にして、もう一方はちょっと石とゴミを取り除いただけで作業完了した。来週からタネまいて実験がスタートするが、八百長みたいなものである。かなり気合いを入れてシャベルを振りまわしていたので、腕が疲れて昼飯食べる時にスプーンを持つ手が震えた。

仕事が終わり、週末なので飲んでもいい状況であるが、アリーもいないので美川さん家に一人でお邪魔した。家には何もないよ、とか言っているが、そう言いつつ何かあるのは知っている、にもかかわらず、いや、何もなくていいよ、などとそれに返す。そしてやっぱり蛸とかこんにゃくとか珍しいものが出てくる。やっぱりあるじゃねえか、などと野暮は言わず、さりげなく彼女が料理するのを眺めながらワインを飲んでいた。ビナカ。食卓で教育について熱く語る美川さん、エネルギーが足りなくなってきたのか、夕食の後もチョコとかクラッカーを持ち出して食べ続けていた。その余分なカロリーは教育への情熱で燃焼できればいいのにねと思いつつ夜は更けていった。10時半ごろ家に帰ったら、アリーが酔いつぶれていた。
hatake

右が肥料をまいた畑で左が普通の畑。これからの農作業が楽しみです。

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