毎日飲み食い

<概要>
俺はインドア派だったので、暇な時は家で料理研究するか酒を飲んでいた。
家ではフィジー料理はあまり食べずに日本食が中心だったが、材料が完全にはそろわない。
しかし、その中でなるべく理想に近いものをつくろうとすることが面白かった。
また、アリーや美川さんという隊員仲間がいたことも大きかった。一人だと、あそこまで手の込んだ料理は作らなかっただろう。

一応いいわけしておくが、あまり仕事に関する記述がないものの、毎日仕事には行っているはずで、サボってはいない。
ただ、一時期からするとあまり忙しい時期ではなかったように思う。

5月15日
昨晩は早く寝たので、4時に目が覚めた。今日は料理研究をすることにした。朝から煮卵を作って、ついでに豚の角煮を作ろうということでタウンに買い物に行った。ついでに最近できたチョプシーの店に行った。その名もチョプシーコーナー。昨日行って、なかなか良かったので今日はアリーと行った。私はチャイニーズカレーという珍しいものを注文したが、日本のカレーに近いものが出てきた。でもまあまあ美味しかった。
さてその後しばらく買い物して、アリーさん腹痛のためタクシーで帰って来た。家で角煮を作り、焼き鳥を作り、アリーが野菜のお浸しを作り、白菜の漬物、煮卵も綺麗に盛り付け、「居酒屋・アリー」が開業した。はじめのお客はいつもの美川さんだったが、その後明日引っ越すことになった、上の階の子供たちが乱入してしっちゃかめっちゃかになった。
izakaya

5月16日
朝五時起床。五時半に上のスニル一家がスバに引っ越していった。良い人だったので残念である。しかし、その一時間後、新しい一家がやって来た。一体どうなっているのか。昨日豚の角煮と鶏の焼き鳥を作ったが、そのあまりの骨を使って、ラーメンを作った。塩、鶏醤油、豚骨風味の3種類作ったが、アリーと美川さんには、あっさり塩が評判が良かったので今後はこれを発展させていこうと思う。
その後昼間から3人で酒飲んで、私は途中昼寝して、起きたらまだ2人は飲んでいて、美川さんが帰るので送って行ったら、彼女の家で飯食って、ビール飲んで、飲みっぱなしだった。そしてアリーと二人で家に帰って、彼はまた日本酒を飲み始めて…。さすがにそれはついて行けなかったが、彼はすごく御機嫌だったので良かった。10時ごろ就寝。食べて飲んで、天下泰平の一日だった。

●過去を振り返って
美川さんもかなりの酒飲み隊員だった。

5月17日
月曜日。仕事の帰りに足をひねってしまい。歩くのがつらい。ところで先週に自家製コンポスト(堆肥)に播いた種がまだ出ない。やっぱり土が悪かったか。

5月18日
仕事の後、新装開店したスナック・ラウトカに行った。飾らない家庭料理と話好きなママがもてなすアットホームなお店である。めんどくせーとかいいながら、結構一生懸命に肉じゃがと冷やし中華を作ってくれた。ビナカ。しばらくして、今週の健康診断とかお構いなしのアリーがやってきて3人で飲み食いした。食べ終わったら、私が今日もらった日本のチョコレートをつまんで、ワインとかのんだ。9時ごろ帰ったらアリーがまた日本酒を飲んでいた…。
sunack

●過去を振り返って
いうまでもなくママとは美川さんである。

5月19日
snug
最近ラウトカ市役所近辺におしゃれっぽいカフェが出来た。ガラスには遮光フィルムが張ってあって外からは見えないので少し入りにくい雰囲気ではあるが、美川さんを誘って入ってみた。中は少し狭いものの小奇麗でエアコンも効いていて涼しい。多分ラウトカで一番おされなお店とか目指してるっぽい意気込みが感じ取れた。メニューには脱フィジーで欧米スタイルだった。注文したのは写真の通り。上品なお味でした。ランチとしては量が物足りないけど、ティータイムとかに来るのはいいかも。同系統のチリツリーカフェだったらこっちを選ぶかな。
仕事終わって晩飯の後、ケーキ実験第2弾を実施した。先週は生地が膨らまず、クッキーになってしまったので、今回はベーキングパウダーを使用した。結果前回より膨らんだものの、ホットケーキのような感じになった。不味くはないのだがイメージ通りには行かなかった。ベーキングパウダーの量が少なかったのか、原因をちょっと考えてまた実験したい。ちなみにこれはアリーとヨーグルトかけて食べた。
cake2

5月20日
昨年9月から手掛けているマーケットゴミからの堆肥化事業がようやく最終段階を迎えた。8か月経ってほとんど野菜屑は土に還った。次はこれを使って野菜を作ってみたい。仕事の後は久々にノーザンクラブに飲みに行った。目の前でビールをがぶ飲みする美川さんを見ながら、今日も暑かったなあとぼんやり物思いにふけっていた。

5月21日
金曜日。朝からカウンターパートに行くぞと言われ、行ったら、公務員のパレードがあったのでそれに突如参加した。とはいえこの日は忙しかったので途中で帰って、久々にホームコンポストのモニタリングに行った。去年の10月からやっているので、既に肥料が完成して、庭に播いている家庭もあって、順調にいっていることに安心した。次はコンポストヤードに行って、マーケットコンポストの世話をして、帰ってきて、来週のプレゼン資料をつくって今週は終了。来週はもっと忙しくなるだろう。とりあえずワイン買ってきて、一人で飲んで(アリー不在)寝た。

5月22日
土曜日。用事があって首都スバに行った。わけあって大学の前でウクレレで歌っていたらギャラリーが出来て面白かった。その後ドミトリーに行って徹夜マージャン大会。アリーと私のウエスタンコンビがスバの雀鬼どもに挑む言うなれば東西戦である。しかし私はチョイ負け、アリーは大負けで西の面目は立たなかった。あげくに「勝手にスバのことヒガむのやめてくれる?」とか言われてしょんぼりしていた。

5月23日
徹夜の後、夜が明けるのを待ってラウトカに帰った。家に帰ってすぐに寝た。夜に起きて酒飲んでまた寝た。明日からまた一週間がんばるため無理はしない。

5月24日
仕事が終わって、アリーと買い物してついでに酒も買って帰ったら、彼は家に着くなり温いビールを飲み始めた。尋常ではない様子に私は少しうろたえて、わけをきいてみると、理由は無礼な生徒がいてブチ切れているという。なるほど、確かに飲まないとやってられない日はある。結構ある。私も平日であるが、彼につきあった。
しかしながら、私は学校隊員ではないし、人に何かを教える経験もあまりないものだから彼の悩みに対してなんて言っていいかわからない部分が大きい。確かに、かわいい小さい子供ならまだしも、彼が教えている20歳前後の野郎から生意気な態度取られたら許せんはなあと思うが、ちゃんとやっている生徒もいるしここは何とか堪えて持ち前のボランティア精神を呼び起こして、これからもフィジーでがんばってほしい。9時ごろに寝ようと思ったが、M&Mチョコレートが出てきたのでさらに二杯ぐらいのんで10時ごろ寝た。

5月25日
朝から現場で肥料を運ぶ肉体労働に勤しんだ。今日も非常に暑く、フラフラになった。昼に帰ってきて明日のプレゼンの準備をして課業終了。今日はよく働いた。帰ってきて飯作って、少し休憩した後、第3回ケーキ実験を実施した。今回失敗したら引退すると明言して背水の陣で臨んだ。まずは気合いを入れて卵をかき混ぜたが、空回りして腹筋をつってしまい、いきなり頓挫しそうになったがちょっと休憩して再トライ。今回は結構生地に気泡が入っているし、ベーキングパウダーも入れたし、失敗する要素0、自信満々でオーブンに入れた。が、出来たのはまたもやホットケーキ?味は悪くないが、これは成功あるいは失敗なのか。アリーさんに勧めてみたが彼は何とお好み焼きソースやマヨネーズをかけて食べ始めた。進退を迷っていたがこれはもう明らかだった、パティシエは引退だと。結局余ったので明日アリーが職場にもっていくことになった。これは「スコーン」だと言って皆で食べてくれとお願いするのが精いっぱいの強がりだった…。

5月26日
マーケットゴミの堆肥化事業が区切りを迎えたのでこれまでの経緯を会議で発表した。プレゼンすると一時的に英語力が上がるのだが、すぐに元に戻るのか悲しい。午後から現場で作業しようと思ったが、あまりに暑いので自分を大切にした。帰って晩飯のスパゲッティーを作ったら、アリーが作りすぎてワッショイワッショイ。少しだけ飲んで早めに寝た。

●過去を振り返って
アリーは豪快なので何でも作りすぎる。しかも彼は意外に小食なので俺がいつも処理していた。

5月27日
今日も朝から暑かったにもかかわらずやる気で仕事場に行ったが、ワーカーさんに約束をすっぽかされ、ほとんど何もせずに帰って来た。でも大して腹も立たない。もう期待してないし。家に帰ってきてアリーさんがいろいろ作ってくれて、美川さんもやってきて3人で飲み食いして10時半ごろ寝た。

5月28日
朝から雲ひとつない快晴でうんざりした。しかし、今日こそ現場(ラウトカ処分場のコンポストヤード)で堆肥袋詰めの作業をやってしまわなくてはならない。昨日はすっぽかされたが、どうしても作業員の助けが必要なので、今日は彼らのレギュラーワークを手伝って、終わった後に暗にこっちの作業も手伝うようにプレッシャーをかけた。
昼休みは昼飯抜きでグロッグをちょっとやって、午後からようやくこっちの仕事ができた。マーケットゴミの堆肥化事業も開始から8カ月経過し、当初のウジ虫まみれの臭かった生ゴミはすっかり堆肥に変化した。ほぼ毎日モニタリングしていたので感無量である。そしてこの日、ようやくふるいにかけて製品として袋つめする最終段階に達した。

午後から作業開始したが、それにしても暑い。気温は30℃程度なのだが、狂ったような激しい日ざしが容赦なく体力を奪う。作業員もいやいややってるのが丸わかりである。休憩多すぎ。正直私もいやになったが、週末雨が降ると、堆肥がしけってしまってふるいかけ作業が出来なくなるので、今日やってしまいたかった。なんのかんので奮闘2時間、10キロ詰めの堆肥20袋が完成した。これを2ドルという格安価格で販売する。絶対にこの値段だったら赤字だが、まあ、その分喜ぶ人も多かろう。これからは事業としての継続性も考えなくてはいけないはずだが、それは後回しで、とりあえず堆肥が完成したことに安心している。
本当にヘトヘトになって家に帰って来たが、今日はアリーが遅いので一人でバーモントカレー祭りをやって、金曜なのに酒も飲む元気もなく6時ぐらいに力尽きて寝た。しかしまだ若いので9時ぐらいに目が覚めて、今度はそばを食べてまたすぐ寝る。疲れていてもガンガン食べて寝たら病気にもならない。明日からサーフィンだ。
aozora

狂った青空

furikake
ふるいかけ

hakari
10キロ計って

seihin
2ドル(100円)で販売。絶対赤字。

hiryo
堆肥。あの悪臭ただよう生ごみが立派になって…。感無量です。

5月29日
bignami
夜明け前に起きてサーフィンに行った。今回が人生初サーフィンである。男隊員5人組でラウトカから2時間ほど行ったシンガトカという町に一泊二日で遊びに行った。ここはフィジーでも有数のサーフィンスポットらしく、ローカルサーファーや白人もいた。
しかしすごい波である。海水浴する海と違って波に乗るための海なので当然なのだが、サーフィン初めての私からするとちょっと怖かった。今回は5人でボードが3枚なので、はじめは見学して、戻って来た仲間にやり方聞いて海に向かった。

しかし、海の厳しさは想像を超えていた。潮の流れに乗ってしまいどんどんと沖に流されてしまった。はじめは波に乗ろうと一生懸命練習していたので気がつかなかったが、疲れてふと気付けは岸ははるか遠く…。やばいと思って戻ろうとしたが、全然前に進まず、これは死ぬかもしれんと思った。しかし、友情パワーにより、私の異変に気付いた仲間たちが助けにきてくれて何とか生還することができた。海は恐ろしいが、いいところもある。涙がばれない…。

これでこの日のエネルギーの9割を消耗したので後は岸に近い所で細々と練習していた。1時ぐらいに宿に帰って、それからタウンに行って酒買って戻ってきて3時ぐらいから飲み始めた。夕方から2人の仲間はまた海に行ったが私は行かなかった。この日は疲労困憊だったので夕飯後7時ぐらいに寝た。

●過去を振り返って
人生最大のピンチだった。本当に死ぬかと思った。いや、もし仲間が気付いてくれなかったら死んでただろう。

5月30日
昨日は早くに寝たので4時ごろ目が覚めた。いや、寒くて目が覚めた。一泊2食付きで30ドルの格安宿であるが、その分施設がぼろくて、毛布代わりに出されたのがシーツのような布切れだけで、夜明け前は厳しかった。比較的まともな朝食が出てきたので気を良くして今日もビーチに出かけた。今日は岸の方まで波が来ていたので練習はしやすかったが、何度も波にひっくり返されて、海底にたたきつけられて傷だらけになった。果敢に海に挑んだものの、結局サーフィンにならなかった。ボードに立つにはまだまだ練習が必要なようである。昼過ぎに宿を出て、4時ごろ家に着いた。

●過去を振り返って
結局、これ以降サーフィンには行かなかった。残念だが、これに命をかけるわけにはいかない。

5月31日
月曜日。今日も快晴。しかしあまりにオフィスがエアコン効きすぎて寒いので早めに現場行って作業した。日差しの中で1時間ほど作業した後、先週堆肥を袋詰めしたが、ちょっと袋の強度が弱かったので詰め直し作業を行った。昼過ぎオフィスに戻ってきて休憩して課業終了。家に帰って、今日は来客があったのでお得意のチョプシーを作って食べた。

6月1日
午後にカウンターパートからミーティング行って来いと言われて行ったが、ジャイカから視察の人が来ていて現場の案内をした。プロジェクトもそろそろ結果が出てきたところなので、説明していて余裕だった。家に帰るとアリーがソーメンチャンプル等の御馳走を作っていた。また、近所のピースコがもうすぐ帰るので余った日本食(元々松下元隊員の物)をくれた。6時前に美川さんが来て3人で飯食ってカナビナカだった。いつもアリーが美川さんを甘やかすものだから、私は心を鬼にして鞭をくれてやったら、いつもながら不評だった。しかしながら先に生まれた者の責務としてこれはしょうがないのである。

●過去を振り返って
近所にピースコ(アメリカの協力隊員)が住んでいた。しかし、個人的な交流はなかった。

6月2日
朝から体がだるかった。歩くのもしんどい。病気ではないが、最近炎天下のもと作業をしていたので疲労がたまっている。休もうかとも思ったが忙しかったので仕事には行った。しかしそれなりの年数を生きてきたら、こんな時自分はどうするればいいのか経験的にわかっている。まず、仕事はこれ以上無理しないように最低限にした。仕事が終わってすぐに酒を買いに行って、タクシーで家に帰った。軽く飯食って、ワインを一本開けて、すぐ寝る。これで回復するはずである。そもそも病気になる人は頑張りすぎなところがあるので、私は頑張らないことでしぶとく生き延びたいと思う。

●過去を振り返って
頑張らない、というと語弊があるかもしれないが、体を壊すまで頑張らないという意味である。

6月3日
昨日は体力回復に専念したのでずいぶんと体が楽になった。しかし完全回復とまではいかなかった。ボスとカウンターパートが不在であったこともあり、仕事が暇だったので今日も無理せず体力回復に専念することとし、昼には職場を出た。タウンでアリーとチョプシー食べて、酒買って帰った。体を休めるためまず昼寝をした。起きたらアリーさんが飯を作っていてこの日はお任せすることにした。5時ごろに美川さんがビールとおつまみ持って家にやって来た。

今日はダイエット封印でチョコチップクッキーを食べ始めた。何というか、夜の中困った人やそういう人に関わることによる不快な出来事は多いし、異国の地であればなおさらである。なのでいちいち嵐に正面から向かい合ってまっすぐ前に進むより、適当に体をそらしてほどほどにやり過ごす方が面倒くさくなくて良いのではないかと思った。
しかしながら面倒はなるべく避けたいものの、それだと人生の密度がスカスカになるだろうかならないだろうか。極論言えば何もない平坦さならむしろ不幸を選ぶ方がましかどうか。そんなことを考えている内に梅干しチャーハンを完食してしまった。カナビナカ。この日は3人とも平日にもかかわらずよく飲んだと思う。夜中美川さんを送った帰りに、我が家の庭でアリーさんが液体肥料をまいている姿を見たような見てないような…。

●過去を振り返って
結局、無理をしないことが功を奏して、体力回復に成功している。こういうのはうまかった。

フィジー語
カナ:御飯
ビナカ:美味しい
カナビナカ:ごちそうさま

6月4日
金曜日。今日は朝から現場に行った。何やら処分場の職員がウエストピッカー(ゴミ拾いで生計を立てている人達)にレクチャーしている。途中からだったので全容は分からなかったが、どうも処分場から腐った食べ物拾うな、ということらしい。マーケットゴミの野菜も、まだ食べられそうな物もあるし、時々コンポストのワーカーさんが拾っているのも見るのだが、やっぱり腹を壊す人って多いわけだ。オフィスに帰ったら、今日もボスがいないのでまったりムードだった。確かにみんな楽なのだが、果たしてこれで市政は滞っていないのか少し疑問。家に帰って今日は来客があったので3人で飲食して、私は眠いので早くに寝たら、夜中の3時に目が覚めてしまって、これを書いていたりする。

6月5日
5時に朝飯でそのあと少し睡眠して9時にスバに向け出発した。バスが遅くて送別会に2時間近く遅刻したら、ご飯がほとんどなくなっていた。しょうがないので酒飲んで腹を満たした。今回はウクレレの演奏があったので、そのために行ったのだが、酔っぱらって何が何だかわからなかった。ほどなく送別会が終了し、久々に湯川さんと飯を食べにいった。やっぱりスバは飯がうまい(高いけど)。帰ってきてドミで睡眠。起きたら今回の上京の裏の目的である麻雀大会に参加。スバの連中にはいつもやられているので今度こそはと意気込んだが、見事返り討ちに。皆さんから今回もありがとうとお礼を言われて逆上して、それがまた周囲の嘲笑を誘ってしまった…。

6月6日
酔いの醒めぬまま、8時にドミを出発。暴走気味のミニバスにのって12時ごろラウトカに到着。やはり疲れたのでとりあえず寝た。夕方起きて腹が減ったが食材がないので、美川さんところに飯をたかりに行った。「何もないよ」とか言いっていたので、こちらも「何でもいいよ」と軽く応じたものの内心何が出てくるかもちろん期待大だった。そしてぶつぶつ言いながらも得意の巻き寿司を作ってくれた。ほどなくしてアリーもやってきて3人でカナビナカだった。
susisarada

6月7日
月曜日。市役所のナンバー2とナンバー3が休暇を取っているので、今日からしばらく私のボスが市役所の助役になって、カウンターパートが私の部署のボスになる。なので先週とは打って変わり職場はばたばたしている。午前中に現場に行ったら、現場作業員の一人が昨日亡くなったとのこと。私も時々話す人だったので、残念な気持ちでいっぱいだった。今日はアリーの荷物が日本から届いたので、それを記念して(口実に)飲み会だった。
今日もビナカっちゃん。しかしアリーの肝臓値と美川さんの体脂肪率は最近増加の一途のはず…。

6月8日
最近暑い。暑すぎる。毎日あきれるぐらいの青空である。最高気温は30℃程度であるのだが、あまりに日差しが強いので野外での作業が極めてつらい。一方でオフィスがエアコン効きすぎて寒い。温度計で測ったら室温20度だった。おかげで最近体がだるい。

6月9日
先日処分場のワーカーさんが亡くなったので、「お前香典出すか?」と職場の秘書から聞かれた。彼は知っている人だったので、「分かった、いくらだ?」と聞いたら、お前次第だと言う。相場が分からないので、財布には2ドル札と5ドル札と20ドル札が入っていたが、あまりにも少ないとかっこ悪いし、彼もまだ働き盛りだったし、とりあえず20ドル出したら秘書がビックリしていた。あれ、と思って彼女が持っている名簿を見ると、どうも相場は5ドル程度らしく、ボスでさえ10ドルだった。あっさりとボスの2倍の金額を出してしまって、微妙な空気が流れたので、やっぱ5ドルにするよとあわてて20ドルを引っ込めた。

仕事が終わって、マーケットで買い物していたら、アリーがロールキャベツを食べたいと言う。それは作ったことないが、挑戦を受けた。キャベツはあるがミンチ肉がないので、骨付き鶏肉を買って、肉を取ってそれを細かく刻んで、みじん切りにした野菜を入れて適当に味付けして、余った骨の部分でスープを取って…。キャベツを茹でて、芯を取って、具を詰めて巻いてつまようじさして…。スパゲッティーをゆでて、スープスパゲッティーロールキャベツが出来上がり。写真撮っとけばよかった。美川さんとカラテマスター木田が来ていたので4人で食べた。我ながらカナビナカ。

●過去を振り返って
相場を聞いても、お前次第(up to you)と言われることは非常に多い。外人としては困る。

6月10日
昼間は現場でグロッグのんでまったりしていた。木陰で風に吹かれているとこのまま寝たくなるが、蝿が顔にたかってくるので無理である。適当なところでオフィスに戻った。家に帰って、ラウトカ野菜クラブ活動を始めた。使われていない花壇がるので裏庭から腐葉土を持ってきて混ぜて畑を作ろうとしたが、途中で日が暮れた。また、2つだけトマトの芽が出たので、自家製ホームコンポスト性能実験に使うことにした。
kontuchi
左がコンポスト、右が普通の土。時間が経てばどうなるだろうか。

6月11日
マーケットの野菜ゴミの回収に毎日立ち会っているが、作業員のおっちゃんが回収の合間にグロッグを作って飲んでいる。そしてよく私にもサーブしてくれるのだが…。作る時ちゃんと手を洗っているのか、時々変な味がして、大丈夫かな?と思う時もある。しかし、これは断れないので、自分を信じるしかない。今日はさらにゴミ箱に捨ててあったココナッツを一緒に食べたりとエスカレートしてきたが、このままだと、日本に帰ってもゴミで生活できるかもしれない。
夕方、アリーがカレーを20人前ぐらい作ったのでしばらくカレー祭りになる。私は今日はマーケットで珍しく白菜が2ドルで売っていたのでキムチの素を使ってキムチを作った。夜になって、美川さんと小林さんがやってきて一緒に食べた。

●過去を振り返って
変な味のグロッグ(カバ)は時々あったが、それでも腹を壊さなかった。グロッグはフィジー人と親睦を深めるチャンスなので断ることはしなかった。

6月12日
朝からカレーラーメンをがっつり食べたあと、おとといからの畑作りを再開した。裏庭から黒い土をひたすら持ってきて、形を整えて、奮闘2時間ほどで完成。愛情込めて発芽させた水菜、春菊、シソを植えた。しかし、フィジーの厳しい日差しにこれらの野菜が耐えて生長できるのか、これからが気になってしょうがない。心配のタネが増えてしまった。

昼からラグビーの日本代表とフィジー代表の試合を見に行った。この日のためにチームラウトカ(私、アリー、美川さん)で日本のチームカラーの赤のシャツを仕立ててきて行った。スタンドはほぼ満員でやっぱり日本人は少数であった。ラグビーは基本的にフィジーの方が格上なのだが、日本も弱いチームではないので勝つ見込みは十分にあると期待していたが、結果は22-8で負けてしまった。家に帰って、しばらくして皆ナンディにいってしまったので一人でキムチ作ったり酒飲んで本読んだりして寝た。

●過去を振り返って
実は、ナンディで俺の誕生日プレゼントを選んでくれていたそうな。感激。

6月13日
今日はSVのYさんの送別会が我が家で開催された。基本的にこのような会では料理一品持ち寄りなので、私も朝から料理に励んだ。今日のメニューは餃子である。朝の鉢時から夕方の3時までかかって、キムチ餃子とカレー餃子を計70個ぐらい作った。6時ぐらいになって皆さんがやって来たが、それぞれがボリュームのある料理をもってきてくれたため、食べきれないと思い、私は結局12個だけしか餃子を焼かなかった。朝からの努力が結ばれない瞬間だった。今日はSVの方もいらっしゃるので、私は酒をのまず大人しくしていた。

●過去を振り返って
SV(シニアボランティア)は40歳以上の協力隊員である。任期は2年。人生経験豊富でスゴイ人が多い。

6月14日
朝から昨日の御馳走の残りを堪能した。カレーに残った野菜類を入れて朝ごはん。チキンに小魚にマカロニサラダとデザートに美川ケーキの昼ごはん。餃子と煮卵の晩御飯…。ビナカっちゃんでした。また、この日は元同居人の岸田さんの結婚おめでとうビデオを撮影した。夕方に中本君がきて酒飲んだ。

6月15日
今日は曇り。本当に久しぶりで、涼しく、素晴らしい一日だった。帰ってきて、晩飯は今日も残り物。アリーは断食と称してスープしか飲んでなかったが、私は冷凍ごはんと冷凍餃子をあっためて食べた。多分しばらく餃子を食べ続けなくてはいけない。作りすぎた後悔を味わいながら…。食べ終わって、酒も飲まないので夜が長い。岸田さん結婚お祝いビデオを編集していたが、それっぽい音楽がないので自分でギター演奏で結婚ソングとか歌って映像に挿入することにして、久々にボイスレコーダーを引っ張り出して録音した。しかし、このビデオ、一回見たら二度と見ないだろうなあ。

6月16日
今日は仕事の後買い物に行ったが、断食2日目のアリー君がとんでもないことを言った。
「ビールも買っていいっすか?」
「えっ、断食してんのにビールはいいの?」
「いや、断食は物を食べないことで、飲み物は関係ない」
「そんな子供みたいなこと」
「それに冷蔵庫にビールが入ってないと不安で…」
そろそろ止めた方がいいのかなあと思ったが、今日は週末も近いし、とりあえずひとケース買って帰った。
八時半ぐらいに彼は一人で飲んでいたが、聞けば仕事でかなりストレスがたまっているようであった。確かに飲まないとやってられない日もあるが、飲みすぎも良くないし、どうしたものか。ただ確実に言えるのは、酒買いすぎて金がないのに困っている。あと2週間持つかどうか…。

●過去を振り返って
この日のことはよく覚えている。心温まる一コマだ。

6月17日
今日は珍しく雨が降った。涼しくて歓迎なのだが、トマトの芽が心配で仕事の手が止まった。帰宅の途中美川さんに会ったので、アリーも呼んでノーザンクラブで飲んで帰った。家に帰ってから、アリーさんはまた飲み始めたが私は飲まずに、10時過ぎに寝た。

6月18日
学校環境教育ワークショップに一日中参加した。尻が痛くなった。今晩は誕生日前前夜祭をやると言っていたのに、チームラウトカのメンバーはそれぞれの都合で忙しく、欠席となった。まあ、個人主義の世の中ですから…。その失望とは関係なく、今晩なに食べようかと冷静に考えて、料理研究「羊丼」に挑戦した。とりあえず、牛丼作る要領で作って見たが…、うーん、いまいち。不味くはないのだが、和風の味付けと羊肉の風味がマッチしていない感じ。私が常日頃思うのは料理と言うのは材料をうまく組み合わせて、1+1を2以上にするための作業であるわけで、それが2以下になるなら、それぞれの材料を別々に食べた方がましということになる。そういう意味で羊丼はまだまだ至らない。多分純和風の味付けにするより、これにソースとか加えて、ちょっとバーベキュー風にした方が良いように思う。
とか色々考えていると、中本君がやってきて二人で2時間ほど飲んで、私はねむたくなったので9時ごろに寝た。
それと残念なことに、トマトの芽が御臨終に近づいている。やはりフィジーの気候に合わなかったのか。しそとか春菊はぐんぐん大きくなっているのに、トマトは芽吹いたものの、ずっとそのままで、ちょっとしおれてきた。奇跡を起こすためにアリーさんに液体肥料をまいてもらおうか。

●過去を振り返って
アリーは酔っ払うとトイレに行かず庭に行く…。

6月19日
土曜日。数ヶ月前からアナウンスしていたが、今日は誕生日会を強制開催する予定であった。しかし、アリーが同僚の家に行くとかで午前中に出て行ってしまった。美川さんも今日は用事があるからといって来れないと事前に聞いていた。みんな忙しいんだなあ、やっぱ無理やりつきあわすわけにもいかんなあ、と今日は暇人らしく寝て過ごすことにした。

昼寝して起きて、酒飲んでまた寝ようと思っていた。そしたら3時半ごろ美川さんから電話かかってきて、今日は祝ってやるとのこと。6時ぐらいにな美川さんがやって来たが一人ではない。アリーと中本君と一緒である。んー、これは?と思ったが、果たしてそうだった。アリーは同僚の家に行かず、タウンで美川さんと激しい議論を交わしつつ誕生日プレゼントを選んでくれていたとのこと。何と言うか、その、ビナカ(涙)。プレゼントは素敵なTシャツで、すぐに着替えた。食事に関しては、SVのMさんにたまたまカニと魚をもらっていたのでそれをみんなで食べた。カニは殻が硬く、どうしようかと途方に暮れていたが、福井出身の美川隊員の驚きのテクのおかげで食べることができた。
そして、ゴーヤ大嫌いのアリーさんが私のためにゴーヤチャンプルーを作ってくれてカナビナカだった。中本君も酒持ってきてくれてありがとう。食事のあとは美川製誕生日ケーキの登場でハッピーバースデーの合唱、ローソクふーでおめでとうであった。最高でした。みんなありがとう。青春万歳。
ところで、30超えてさらに歳とっても実は嬉しくないし、誕生日会を強要するなどかなり大人げないことは分かっている。しかし、来年以降は日本で誕生日を迎えることになるが、おそらく人に祝ってもらうことはないだろう。最後の打ち上げ花火として、まぶたの裏にその光景を焼きつけるためにわがままを言わせてもらった。そして十分にいい思いをさせてもらった。来年以降もこれで大丈夫。ビナカバカレブ。
taijoubi

●過去を振り返って
帰国してからは誕生日を祝ってもらうことはない。でも、この日のような思い出があるだけで十分だ。

6月20日
4時半に起きて、祭りの片づけをした。昼ごろに昨日のメンバーと一緒にタウンに飯食べに行って、帰ってきて今年の目標などを考えている内に夢の中。起きたら夕方で、アリーと二人で誕生日会第二部を実施した。しかし10時ごろに眠たくなって就寝。

●過去を振り返って
自分もアリーも他の人も、何かの口実で「祭り」がやりたかっただけだと思う。というか、協力隊そのものが祭りだと思う。

←青年海外協力隊奮闘記目次に戻る 次の日記:肉体労働の日々…→

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ