ぼちぼち仕事

<概要>
このころは仕事はそれほど忙しくなく、また暇でもない平穏な時期だった。
フィジーに来て1年が過ぎ、余裕が出てきた頃だったかもしれない。

4月16日
スバ市役所のマーケットコンポスト事業を見に行った。ラウトカよりも一年早く実施しており、既に堆肥の製造販売までやっているという。2年前の協力隊員の八幡さんの尽力によって始まったので話には聞いていたが実際に見るのは初めてであった。
現在のスバ市役所の協力隊員の上村さんにお願いして、現場に連れて行ってもらった。朝の9時からバスに揺られて10分、スバ市役所のデポに着いた。そこのコンポストヤードには3人の作業員の人が働いていて、そのうちの一人のメリさんが直接のコンポスト担当であるという。
まず、到着するなりお茶でおもてなししてくれた。色々食べろ食べろと言われて腹いっぱいになった。それで、コンポストヤードの見学。ラウトカと違って、テントの中で、丁寧に管理されていた。そこにあった堆肥は製造開始から半年ほどたっていたので堆肥としてはほとんど完成していた。それで、製造開始直後の物も見たかったがそれはなかった。
なぜなら、このコンポスト事業は3か月前から中断していたからだ。3か月前にこの事業を担当していた市役所の職員の人が首になったので、それから動いていないという。フィジーでは引き継ぎを丁寧にやらないので、この手の話はよく聞くが、非常に残念な事態であった。
その現場担当のメリさんが言うには、その2年前の協力隊員の八幡さんが帰国してから、その事業はやや下火になり、それからはカウンターパートの職員の人が継続していたが、彼もいなくなって、完全にストップしてしまったと。特に車がないので、やろうにもできないとのことだった。それまで彼以外にもう一人作業員がいたそうだが、彼は仕事がないので別の所に移動になってしまい、このままではメリさんもそうなってしまうだろうとのこと。彼はこのコンポスト事業に熱意を燃やしていただけに(ラウトカの現場作業員とは大違い)、非常に残念がっていた。
しかし、まだ中断しているだけで中止になっているわけではないので、現在の隊員の上村さんが今後スバ市役所のトップに掛け合って、事業継続を訴えるとのこと。頑張ってください、応援してます。しかし、こういうことは他人事ではなく、私が帰国した後、果たしてラウトカのコンポスト事業が継続していけるのか、まあ、それは多分大丈夫ではないかと期待するけど、わたしのCPが職場からいなくなったりしたら、やっぱり中断するかもしれない。フィジーだからしょうがないけど、はかないなあと思う。

さて、見学も終わり、上村さんとタウンに戻って高級中華レストランでこれでもかとばかりチョプシーを食べて、ちょっと街をぶらついて別れた。晩飯一緒に食べようねって約束して。そして、一時間後、断りのメールが来た。まあ、よくあるパターンだよね…。

夜は麻雀大会だった。4人のメンツは私も含めて、上級者というわけではないのだが、私一人が、独り負けした。3局やって、全部最下位、一回目と三回目は箱割れ、特に三回目は-60というあり得ない記録だった。お遊び程度のレートなのに六〇ドルも払う羽目になった。徹夜で打ち続け、夜が明けた時、頭から煙がシュポシュポ出ていたという…。

●過去を振り返って
協力隊員が帰国した後、その活動がストップしてしまうということはよくある。隊員が帰国した後も、活動が継続できるように体制つくりをしておくべきなのだろうが、実際はそれも難しい場合がある。
なお、ラウトカのコンポスト事業は俺が帰国した後も続いている。それはJICA専門家の指導と、カウンターパート(市役所職員)の意欲の高さによるものだと思う。

4月17日
昨日は徹夜であったので、昼前起床だった。昨晩の負けを何人かの人にからかわれてションボリしていた。昼間はドミで漫画を読んていて、晩に一局だけ麻雀を打ったら、今度はトップで20ドル取り戻した。しかしこの日は他にもめんつがいたので交代して寝た。しかし、ドミには男隊員しかいないので男臭かった。

4月18日
朝起きて、昨晩の残りのワインを少し飲んだらすぐに酔っぱらった。それからミニバスでラウトカに戻って来た。この日のミニバスは超速かった。普段4時間かかることもある道のりがこの日は3時間15分だった。雨降っているのにアクセル全開の暴走状態で、事故ったら確実に死ぬなあと思いながら寝ていた。この日の晩もアリーさんと飲んで寝た。楽しい4連休だったが、飲みすぎた。来週からは真面目にやりたい。

4月19日
午前中に労働環境に関するワークショップに参加したが、なかなか理解できなかった。とくに講師が冗談を言って、皆が笑っているときに自分だけきょとんとしているのが悲しい。午後からは通常業務。

●過去を振り返って
まだ英語がわからなかった。

4月20日
最近、家蟻が少なくなった。アリーの撲滅運動が実を結んできたか。

4月21日
午前はナンディで会議。午後は通常業務。

4月22日
今日も通常業務。

4月23日
夕方に美川さんが食料を持ってきてくれた。そしてご飯を作っている時事件が起こった。夕方6時前、すこしあたりが暗くなり始めるころ、私の携帯に隣人から日本人がお前の家の前にいるけどうんたらくんたら、美川さんに出てもらったら、日本人旅行者の女性か私の家の真ん前でひったくりにあったらしい。とりあえず家に入ってもらって傷の手当て等しつつ事情を聴かせてもらった。
フィジアン二人組に襲われ、かばんから財布とデジカメとiポッドを盗られたらしい。そして、盗られまいとカバンをしっかり押さえていたら、引き倒されて、結局怪我までしてしまったと。夜は怖いけど6時前はまだ明るく、危ないという認識は彼女はおろか私にもなく、やっぱり危険地帯に住んでいるんだなあとあらためて思った。
目撃者はいなかったが、彼女が悲鳴をあげたため、近所の人が気付いて警察を呼んでくれたそうな。しかし、なかなか来ない。彼女は明日、フィジーを出るので時間がない。なので、ジャイカのセキュリティーの現地スタッフを通じてお願いしたら警察はすぐ来てくれた。
そして、私の家の中で30分ほど調書を取って、保険金もらうために必要なポリスレポートも翌朝もらえるようになって、とりあえずかたがついた。
そして悪いことは続くのか、もう一つ事件が起こった。彼女がステイしている私の近所の家の別の日本人の人が中に鍵を置いたまま鍵をかけて外にでてしまい、中に入れなくなったそうな。彼女も明日フィジーを出るので大ごとである。結局私の携帯で電話を掛けまくって、ナンディにスペアキーがあることがわかりタクシーでとりにいった。結局セーフで、お礼に食料もらった。そして最後の悪いこと。私と美川さんは親子丼を作っていたのだが、色々バタバタしていてご飯も玉子も焦げてしまい、大変歯ごたえがある香ばしい匂いの晩御飯になってしまったとさ。

●過去を振り返って
フィジーはそれほど治安の悪い国ではないが、やはり女性の一人歩きは危険だと思う。
それと、運悪く襲われてしまったら抵抗しないほうが無難だろう。筋骨たくましいフィジー人と喧嘩して勝てる気がしない。

4月24日
最近小さな猫が家の周りをうろうろしているので時々餌をあげている。最近その頻度が増えてきたので、猫もなつくようになってきた。そして家の中に入ってこようとする。私は割と動物が好きなので飼ってもいいのだが、アリーさんが猫アレルギーなので家には入れてあげられない。飼えないなら中途半端に餌とかやらない方がいいのかなあとも思うがどうしようか。

4月25日
最近曇りがちで、気温も下がって来た。日本と季節が正反対で、今は言うなれば秋である。といってもそれほど気温が下がるわけでもないのだが、フィジアン達はここぞとばかりに長袖を着たりニット帽かぶったりするのが実にほほえましい。

4月26日
今日は暑くもなく快適な1日だった。

4月27日
あの猫は姿を見せなくなった。

4月28日
仕事は順調。

4月29日
ここでも韓国ラーメンが売っていて(100円ちょっと)ときどき食べるのだが、ローカルのインスタントラーメンの数倍高いだけあって非常にうまい。しかし、日本のラーメンはみたことがない。うまいし、物によってはそんなに高くないし、それなりに売れると思うのだが。

4月30日
最近は平穏な日々が続いている。

5月1日
洗濯機借りに来た美川さんが昼飯にカレーを作ってくれた。インド式ではなく日本のバーモントカレーだったが、美味しかった。ロティーに良く合っていた。その後二人で酒飲んで昼寝して、夕方帰って行った。私はもうひと眠りして起きたら、二日酔いのように気分が悪かった。しかし、ご飯を炊いて、カレーを再び食べた。多分明日は3食ともカレーだろう。ありがたいけど作りすぎっす。

5月2日
一日中本を読んでいた。早めに寝たが、夢の中でも活字を追っていて変に疲れた。

5月3日
日本ではゴールデンウィークらしい。フィジーはもちろんそうではない。

5月4日
最近はやっているらしいツイッターをやってみたが、いまいちよくわからなかった。

5月5日
今日は本を2冊も読んだ。

5月6日
最近英語話してないが、元々あんまり話せないのでレベルは落ちてないはず。

5月7日
今日も普通に仕事をした。

5月8日
昨年8月からホームコンポスト(家庭ごみの堆肥化)を自宅でやっていたが、今日初めて取り出してみた。チキンの骨とか玉子の殻とかが多く、見た目は悪いが匂いも無いし多分肥料として使えるだろう。種をもらったのでトマトとネギをプランターで育ててみたいと思う。

5月9日
ケーキを作ったら、泡立てが足りず、クッキーみたいになってしまった。捨てるのももったいないので朝飯にしよう。アリーがダイビングから帰って来た。日に焼けていかにも青春まっただ中な感じだった。

5月10日
・現場に行ったら、無数の蚊に襲われ、ほとんど作業することなく退散した。
・職場のとなりの公園で、植物園の作業員(市役所職員)が刈った芝から作った有機肥料を10キロ2ドル(100円)で売っていて、かなり繁盛していた。来月にはマーケットゴミから作った肥料も売れるはず。でも5ドルぐらいで売りたい。
・久しぶりに酒を飲まなかった。しばらく健康かつ経済的に過ごしたい。

5月11日
酒を飲まないと夜が長い。しかしそれなりに疲れていたので寝れた。

5月12日
今日はマーケットに珍しく白菜(5ドル。高い!)が売ってあったので鍋にした。フィジーは暑いけど鍋はやっぱりおいしいなあと思った。

5月13日
今日は魚を買って魚鍋。しかし入れすぎてお祭り状態になった。ワッショイ、ワッショイ、おなかいっぱいでした。

5月14日
金曜日。4日ぶりに酒を飲んだらすぐに酔っぱらって寝てしまった。禁酒のはずのアリーさんも飲んだが彼は寝ないで一晩中飲んでたそうな。どっちが人として正解なのだろうか。

●過去を振り返って
アリーも飲み過ぎなのは自覚していて、時々禁酒するのだが長続きしない。俺は彼が禁酒中を知ってながら目の前で酒をおいしそうに飲む。だいたい彼は我慢できない(笑)。

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