フィジーに来て一年経過

<概要>
フィジーに来てから1年がたった。任期が2年なのでちょうど半分である。
フィジーに来た当初は何もできず、自分の存在意義が見いだせない苦しい状況だったが、いつしか活動は軌道に乗って、現在に至っている。
1周年記念として、同期隊員とタベウニ島というところに旅行に行ってきた。
しかし、それは全員が揃う最後の機会だった。
同期隊員の並田さんが一身上の都合により帰国することとなった。
全員が一緒に帰国できなくて残念だった。

3月20日
一周年記念として、同期隊員全員でタベウニ島という所に旅行に行ってきた。これも事前には開催が危ぶまれていた。というのも、3日前に大型サイクロンがこの島を直撃して、電話も通じず、島内の被害状況が分からなかったからである。でも、飛行機のチケットが高いのでキャンセルするのはもったいないので、賛成多数で決行したのであった。
実際、到着してみると(大幅に遅れたが)木々がいたるところで倒れており、被害のほどを知ることができた。しかし、宿(チョッツス)は通常営業しており、電気も水道も普通に使えた。宿に着いて、早速昼飯を食べに行った。宿の前に食堂があると言うのでそこで食べた。注文したのはもちろんチキンチョプシー。
mazuichop
そして衝撃的な物が出てきた。何故か具に麺が入っている…。しかも何かカレーっぽい味がする。使われていた野菜は冷凍の人参グリーンピース。多分、昨日の売れ残りのチキンカレーでチョプシー作ったけど、具がさびいしいので、麺入れてみましたという感じであろう。味はもちろんこれまで食べたチョプシーの中で断トツ激マズで感動した。これだけでタベウニに来た甲斐があったというものである。
その後ビーチで泳ぎに行った。綺麗な海で良かったが、水深が浅くあまり泳げなかったので、砂で遊んだり、水遊びして過ごした。海の中の生き物は陸に住む人間から見ればユニークなのが多く、せっかくの機会なのでそんな彼らとお友達になりたいと思って、少し潜って触れ合いを楽しんだ。また、そんな海のお友達をいじめる悪い人間がいたので注意した。2時間ほど過ごした後、清々しい気持ちでビーチを後にした。
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晩飯は皆で作ることになっていた。そのための材料も持ってきている。8人が3部屋に分かれているので一部屋ずつ一品つくることになった。といっても材料に限りがあるのであるが、そのなかで私はインスタントラーメンを利用して焼きそばを作った。しかし、ちょっと味が濃すぎてまずかったので気まずかった。食後は酒飲んで、ウノやって、12時前にお開きとなった。

●過去を振り返って
チョプシーとは野菜炒めかけ御飯。

3月21日
8時過ぎに宿を出て、スノーケリングに行った。ボートで無人島に行って、そこで2時間弱過ごした。珊瑚も熱帯魚も見れて良かった。南国っていいなあ、フィジー来てよかったなあ、と感慨に耽っていた。
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難しい理屈はなくていい。目の前にあるものが青春なのだ、と。、

昼飯はリゾートホテルのレストランでこれまたチョプシー(の一種)を食べた。なんと24ドル(1200円)。普通のチョプシーの5,6倍もする超強気な価格設定である。正直財布が厳しかったが、この最高級チョプシーを食べなかったらもう一度来なくてはならなくなるので迷うことなく注文した。出てきたのは写真の通りであるが、見た目はこれまででナンバーワンである。とっても高級感が漂っている。味は、うまい、が塩味が濃い。場所を考えても12ドルぐらいが適正価格であろう。しかしチョプシー評論家として、またひとつ勉強になった。

昼飯の後は島内を観光した。まずは180度の線に行った。つまり、左は今日で右は明日、というラインである。しかし、サイクロンで看板が壊れてしまったらしく、古い石碑を見ただけに終わった。しかも本当の所日付変更線は、フィジーのあたりを折れ曲がっているので、ここで日付が変わるという事はないので、ああ、こんなもんか、という感じだった。次にワイリキ教会という、100年以上前に建てられた教会に行った。フィジーで今までみた中でもっとも立派であった。最後にボウマの滝という有名な所に行った。ちょっと最近煩悩が多いので滝に打たれて心身を清めた。

これで観光は終わりだったが、宿に帰るついでに、道路をふさいでいた、倒木を何箇所か片づけて帰った。夜ごはんも皆で作った。この日私は塩焼そばを作った。その後は皆トランプをしていたが、私は酒飲むと迫田さんにからんでいた。11時ごろ眠たくなったのでおとなしく就寝。

3月22日
7時ごろ起床。8時に空港に出発した。9時過ぎナンディに出発。11時前に到着した。今日は現職の20-1の隊員が帰国する日であるが、ちょっとの差で会えなかった。ラウトカに戻ってきて、ブログ書いたり、とって来た写真みたりして、昼寝した。夜になってアリーがダイビング教習から帰ってきてようやく日常に戻った気がした。

3月23日
ほんとに今日は自分が嫌になった…。

3月24日
今日はやろうと思っていたこともあったのだが、家に忘れ物をしてしまい、暇な一日を過ごした。今日はフィジーに来てちょうど一年目に当たるが、それは静かに通り過ぎた。

3月25日
アリーは本当に豪快で心の広い男だ。色んな意味で彼にはかなわない。

3月26日
金曜日。今日は夕方に来客があってもてなした。

3月27日
それにしても金がない。朝マーケットに行って、少し野菜を買ったら、本当に金が一ドル以下になってしまった。アリーは歓迎会の幹事やりにドミに旅立っていった。そして夕方にスバの木田さんが泊まりに来た。そしてお土産に高級ウイスキーをくれた。感動した。10時前木田さんをほったらかしにして就寝。

3月28日
日曜日。
・所持金全くなし。一日中家にいた。
・今日でサマータイムが終わりだそうな。これまで日本時間+4時間が、+3時間になる。しかし個人的に、この試みはほとんど意味がなかったように思う。
・半日で家にあった、600ページ以上ある本を読んでしまった。暇だった。
・最近、家の前で水道工事が終わったみたいだが、それ以来3日間水道が一日中出るようになっている。ついに、歴代のラウトカ隊員悲願であった水道24時間利用が可能になったか?
・何もしてないのに、腹が減ってしょうがなかったので一日4食、ちゃんと料理して食べた。
・何もしてないのに、9時ごろになったら眠たくなって寝た。

3月29日
ようやく金がジャイカから振り込まれた。早速600ドルおろして買うものを買った。いままでアリーさんに迷惑かけたお詫びにバウンティー(ラム酒)の大瓶を買って、カクテル作って差し上げた。

3月30日
仕事終わって、一人で買い物行って、ご飯の準備していたら、アリーから電話かかってきて今日はご近所の隊員の所に行くのでご飯は要らないとのこと。ふーん、そうですかー、と一人淋しくご飯を食べて、しばらくすると、アリーが帰って来た。彼はひどく疲労していたが、顔は紅潮しており、一仕事やり終えたような充実した顔をしていた。何があったのかは訊かなかったが、そのうち私も仲間に入れて欲しいと強く思った。

3月31日
今日は飲む気がなかった。しかし、アリーさんにツボを押されて、あとはずるずると…。今週はずっと飲んでる。

●過去を振り返って
アリーは自分一人で飲むのは罪悪感を感じるのか、絶対に俺を誘ってきた。そして意志が弱いのでほとんどその誘いを断ることが出来なかった。

4月1日
仕事の後、サウスシークラブに行って、帰ってきてまた少し飲んで寝た。明日から4連休。そのあとは活動も頑張るし、仕事の後も、体を動かすなりして、健康かつ健全な隊員に変身するつもりだと、アリーと酒飲みながら話している。

4月2日
祝日。チョプシーを極めに、スバに行ってきた。しかし、今日は祝日のため。当てにしていたお店がお休みだった。そして、酒も買えない。やさぐれて、ドミに行って、スバ隊員の人たちにビールを恵んでもらった。あとは、本読んだり、グテグテして過ごした。結局何しに来たのか分からなかった。

4月3日
この日から怒涛のチョプシー(フィジーの中華丼)めぐりが始まった。朝飯はMHCCの3階の中華レストラン。高級店であり、味も十分においしかった。それからスバ郊外にある、ゾロイスバというところのレインツリーレストランで食べた。なぜこんな遠い所まで来たかと言うと、某隊員からここのチョプシーは素晴らしいという情報を聞いていたからである。アリー、湯川さん浜田さんの4人で行った。メニューにない料理だったのだが、受け付けてくれた。その味はというと…。あー、人生ってこんなもんだなあ、いちいち落ち込んでられないなあ、というものだった。
タウンに戻って、浜田さんお勧めのチョプシー屋に行った。味は良かったが、量が多く、既にこの日チョプシーを2食平らげていた私とアリーは死にそうになりながら完食した。そして、ドミに帰って休憩。もう食べられない…。そう思っていたが、8時ぐらいに再びチョプシーを食べに行った。キャピタルパレスという高級中華レストランで、ここのチョプシーも美味しかった。しかし、最後まで食べきることができず、一部をテイクアウトした。一日4チョプシーの一日だった。

4月4日
朝は昨晩の残りのチョプシーを食べた。その後MHCCに行って、またチョプシーを食べた。その後ミニバスでラウトカに帰った。そしてラウトカで再びチョプシー。7連続チョプシーの旅はこれで終わった。しかし、フィジーにはまだまだ行くべきお店があり、これからもチョプシーを食べ続けることを誓うのであった。
そして、先週600ドルおろしたばかりなのに、財布の中が6ドルになっていて驚いた。こうして任期中一回しかもらえない健康管理手当が消えたのだった。でもスバは楽しかったのでそれでいい。と言いつつ、いつからたがが首都に上がることで満足するようなスケールの小さい男になり下がったのか、考えることは多い。

4月5日
仲間が日本食くれるというので、ナンディー空港に喜んで行った。しかしそこで衝撃の事実を知らされ、呆然となった。正直、日本食のお礼を言ったかどうかも覚えていない。お昼ごろに家に帰るなり、ワインをラッパ飲みして、すぐに寝た。そりゃ、それぞれ歩く方向も違えばスピードも違うので、いつか距離は空いてしまうものだが、突然、計算外にいなくなってしまうと心の整理がつかない。4連休の最後は短い一日だった。最近徐々に身辺が淋しくなってきた…。へこんでばっかりである…。

●過去を振り返って
彼女は一身上の都合で任期短縮した。

4月6日
4連休も終わり、今日から真人間になるため、ラウトカ運動クラブを立ち上げた。仕事の後ジョギングして、筋トレして、その後ご飯食べて酒飲まずにぐっすり寝ようという健全な青少年育成を目的としているという。しかし、いきなり美川隊員が欠席。初日は私とアリーで頑張った。ジョギングの途中、古傷の左ひざの具合が悪くなり、20分で終了。その後家の庭で筋トレ。体力が全盛期の半分ぐらいになっている。まともに運動するのは一年以上ぶりなのでしょうがないが、これから継続的に鍛えていけば、ある程度戻ってくるだろう。しかし、何日続くだろうか?

4月7日
買い物して帰宅。途端に雨が降り始める。ラウトカ運動クラブは2日目であるが、いきなり休止。また、最近24時間水道が使えたのだが、久々に断水になった。一時的なものであってほしい。

4月8日
今日は雨降ってなかったので、30分ぐらい走った。そして、汗が引かないまま晩飯作って食べた。お浸しと玉子焼き。低カロリーの健康食。もちろん酒などのまず10時半ごろ就寝。ところで、アリーに家を修理してもらった。テンションあがった。

4月9日
今日も仕事後にジョギング。その後夕食。今日はチキンチョプシーを作った。先週のチョプシーツアーで得た経験を生かして、初めてだったが、まあまあそれなりのものを作ることができた。味はまあ、今後の伸びしろに期待して60点といったところである。アリーと美川さんもほどほどに褒めてくれた。反省点もあるのでまた近日中に試してみて、最終的に究極のチョプシーを完成させて日本に帰りたい。

4月10日
チームラウトカで外出予定だったが、結局家にいた。スバから同期の小林さんと任国外から帰って来た中本くんとついでに美川さんがやってきて飲み会だった。今日も元気にチョプシーを作った。皆優しすぎるので、最高にうまい、とか言ってくれてるけど、それはそれで励みにはなるものの、これからどう改善していくのか難しい。宴会は深夜まで続いたようだが、私は11時ぐらいにアリーにすべてを託して寝た。

●過去を振り返って
自分は朝型で夜は苦手だった。アリーは夜型人間だったので助かった。

4月11日
一日中家にいた。外があまりに晴れていたので出ていく気にならなかった。酒飲んで寝た。

4月12日
月曜日。天気が良かった(曇り)のでやる気を出して、コンポストヤードで肉体労働に勤しんだ。しかし、途中で釘を踏んでしまい、怪我は大したことはなかったのだが、傷口からやる気が、風船から空気が抜けるがごとく、出て行ってしまった。なのでそこで作業を止めて、オフィスに帰った。帰りはアリーさんから買い物を命じられ一人で大量の酒を抱えて家に戻った。家にはアリーの友達の学生さんが来ていて、私はチリチキンを作って振舞った。自分で作るのは初めてだったが、結構うまくできた。この日は美川さんもジョギングしたいと言っていたのだが、私の怪我のせいで中止になって悪いことをした。結局酒飲んで本読んで寝た。
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自作チリチキン(フィジー3大料理の一つで、いうなれば辛い中華どん)

4月13日
今日は朝から最悪の天気(快晴)であったのだが、昨日やり残した野外作業を片づけて、結局かなり疲弊した。ちょっと足も痛い。仕事の帰り途、アリーと美川さんに待ち伏せされて、ラウトカ体育クラブの実施を強く求められた。いつの間にか私が会長になっているらしい。しかし正直個人的にはパスしたかったので「今日はちょっと足が痛いんだけどなぁ」とか小声で行ってみたりしたけど、二人の熱意にかき消されて結局決行することになった。美川さんは体力自信がないと言っていたが思ったより頑張っていた。アリーも張り切っていた。そんな若い彼らからエネルギーをもらって、私も無事にやり終えた。ジョギング40分+筋トレ。本日は健康的に疲れた。

4月14日
今日も暑くて、現場で蚊に刺されまくって疲弊した。帰宅してぐったり。アリーはジョギングに行ったが、私は家でお料理。今日はかつ丼を作った。パンのみみをおろし金ですって、パン粉を作るところから始まって、奮闘1時間。美川さんを加えた3人で美味しくいただきました。今晩はスバから小林さんと湯川さんがやって来たが、私は眠かったのでアリーにすべてを託していつもの時間に寝た。

4月15日
今日は仕事を休んで、同期隊員帰国の見送りに行ってきた。本当に残念な気持ちでいっぱいであるが、人それぞれの人生なので、フィジーでも日本でも楽しくやれれば何でもいいと思う。でも、彼女の体調が悪そうなのが心配であった。見送った後、そのままスバに行ってチョプシー食べて、酒買って、ドミ行って、飲んで、湯川さんとこ行って、うらやましい話をいっぱい聞かされ、涙を流しながら寝た。

●過去を振り返って
並田さんは帰国してから色々大変だったが、今は落ち着いているみたいだ。
なんだかんだで仲は良かったので任期短縮は残念な出来事だった。

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