年が明けても頑張る

<概要>
年が明けて、スローペースで仕事を始めるが、徐々に忙しくなってくる。
日記が短くなってきたのは、それだけフィジーに馴染んで書くことがなくなってきたということだと思う。

1月1日
年が明けた。年末年始も日本の除夜の鐘とか、初詣とか風物詩があるわけではないので、あまり実感はない。でもまあ、年月日付などは自然にあるものではなく人間か勝手に作っただけなので、何もないのが当たり前か。

さて、お正月は思いもよらないところで過ごした。四月に3日間ステイさせてもらったセルア村(セルア島)に私と湯川さんと吉川さんと3人で再訪した。前回私は恐ろしい目にあったので、セルアには二度と行くまいと当初思っていたのだが、2日前ぐらいに市役所のセルア出身の人が、トムとメレ(ステイ先のパパとママ)がお前のことどうしているか心配していたよ、と話しかけてきたので、やはり義理と人情両方から、もう一度ぐらい行かなくてはならないのではないか、と考えを改めたのであった。

湯川さんと吉川さんはセルア訪問を楽しみにしていたみたいだったが、私にとってはこれは修行。新年早々苦難を求めて5時間かけてセルア島に乗りこんだ。まず、今回はアポなし訪問だったので、トムとメレさんがいるのか分からなかったが、いたので寝床を確保することに成功した。お土産渡して、好感度アップ。特にラウトカマーケットで買っていったカバを渡した時には彼らの目が光っていた。その後、環境隊員として、島内のクリーンアップキャンペーンを実施して、子供たちの協力を得て多くのゴミを拾った。わざわざ、ゴミを拾うための火鉢とゴミ袋をもっていった作戦は大当たりだった。

その後14時ぐらいから夜までグロッグ(カバ)を湯川さんと参加していた。ところで、2週間前のサイクロンの影響でセルア島は停電が続いている。なので、この日はDVDとか見ないで、ギター、ウクレレを演奏して、皆で歌うという会だった。でも最後の方は皆グロッグが効いてきて、沈黙していた。8時ぐらいにステイ先に戻って飯も食わず再びグロッグ。電気がないので、ケロシンランプが灯り。ムードがあってよかった。途中で吉川さんもよんで(湯川さんはその頃すでに撃沈していた)、結局11時ぐらいまで私は参加していた。この日は30杯以上飲んだ。でも、体調に異常はなかった。

しかし、この島の人達はこんな感じで毎日飲んでいるわけだが、カバはそれほど安いものでもない。彼らの消費量からして、相当な金額になっているのだろうと思いきや、自分たちの土地で自家栽培しているとのこと。だからただである。しかも、自分たちで粉にするので、新鮮で、私がマーケットでお土産として買って行った粉末より地元産の方がおいしかった。最近カバの味が分かるようになってきたのが頼もしい。
seruan

即席クリーンアップキャンペーンは成功。子供たちが参加してくれました。

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電気がないのでランプが灯り。この中で数時間カバ。

●過去を振り返って
おみやげは、日本食代表としてとっておきのおでん缶を持っていった。しかし、彼らは食べようとせず、自分が食べることになった。珍しい食べ物をあげたら喜ぶのではないかと思ったが、そうじゃない人もいる。認識が甘かった。
ゴミ拾いキャンペーンは良かれと思ってやったことだったが、自己満足だったかもしれない。

1月2日
セルア島2日目
朝8時半ぐらいに起床。朝ごはんのスープに鶏肉が入っているのに感動した。これで、ふやけまくったインスタントラーメンが入ってなかったら最高だったのだが。さて、この日の朝も第二回クリーンアップキャンペーンを実施した。一人でやろうかと思っていたが、メレさんが手伝ってくれた。その後は一人で海で泳いだ。水は汚くないのだが、海底にゴミが一杯あって、危なかった。帰ってきて休憩した後、またまたグロッグ。2時半ごろにセルア島を後にした。何とかトラブルなく26時間を島で過ごすことが出来た。修行は成功と言えよう。ジャンクションから3時半ぐらいのバスでYさんとラウトカに帰ってきた。二人でカレー作って食べた後、グロッグ作って、カバカクテル作って飲んだ。その後は漫談の特訓をした。

●過去を振り返って
フィジーではインスタントラーメンを砕いて、ぶよぶよになるまで煮込こむ場合がよくある。ラーメン好きの俺としては本当につらかった。

1月3日
朝から晩までのんびり過ごした。夜は一人でカバやって寝る。エネルギー100パーセントで明日から仕事始めだ。

1月4日
仕事始め。静かなスタートだった。家に帰って一人カバ。酒に比べて安上がりでいい。

1月5日
電話料金が予想外に高かったので、クレームをつけに行った。しかし説明を受けて納得したので料金を払った。私も少し成長したか。今日は朝にコンポストヤードにモニタリングにいって、それからずっとメールを書き続けていた。大したことやってないのに疲れた。いや、昨日洗面器一杯のカバを一人で飲みほしたので朝から疲れていた。
wanko
かわいい仔犬。思わずシャッターを押した数分後、相棒のシャレンの車の下で遊んでいたため、大惨事に…。合掌。

1月6日
今日は車が使えなかったのでほとんど何もできなかった。帰って色々考えようと思ったが、何も思い浮かばなかった。停滞した一日だった。

1月7日
昨日のうっぷんをはらすよう、炎天下の処分場で肉体労働に勤しんだ。暑いし疲れるが、オフィスに座っているより、性に合う。

1月8日
年明けの一週間が終わった。静かだが、スムーズな滑り出しだった。来週は少し忙しくなりそうである。少しずつ加速していきたい。それにしても暑い。気温自体は30℃そこそこで、日本の夏の方が暑いかもしれない。しかし、日差しが非常にキツイ。日光が痛い。外で作業していると時々クラッとくる。危険だ。
blue sky over the yard

美しく、そして危険な青空

1月9日
土曜日。今日は一日中株価の分析をしていた。久々だったので楽しかった。今でも取り引きはやろうと思えばできるのだが、自粛している。日本に帰ったら、積立金を全額突っ込んで大勝負したい。

●過去を振り返って
インターネットがあると日本の情報もリアルタイムで入ってくる。

1月10日
今日は一日中家にいた。こう暑くては外出する気が失せる。来週から少し忙しくなるので、十分に休養と取った。

1月11日
新聞に弟の学費を稼ぐために自分は学校をやめて路上でパイナップルを売っている少年の話が載っていて心に残った。

1月12日
酒も飲まずカバも飲まず過ごした。こういう日は珍しい。

1月13日
今日は一通もメールが来なかった。こういう日は珍しい。いや、しかし、最近は平和すぎて書くことがない。でも毎日書くことにしているから、つまらん事しか書けない。いや、もしかすると、心の感度が鈍っているだけのかもしれない。カバの飲みすぎか。

●過去を振り返って
それだけフィジーになれたということ。

1月14日
今日も平和な一日だった。日本の株式市場ではJALの上場廃止を見込んだ投げ売りと短期の値上がり益を狙った個人投資家の売買が交錯して、単一銘柄の過去最大出来高を記録したそうな。私も5歳若かったら参戦したところだが、今や遠い国の懐かしい出来事のようだ。

1月15日
あっという間に仕事終了。帰ってカバ飲みながら漫談の練習してワイン飲んで寝た。弟子のウクレレの成長に頬が緩んだ。

1月16日
ちょっと前、パンツの尻の部分が少し破けた。気にせず履き続けたら、どんどん破けていき、ついに全部裂けてしまった。尻が丸見えである。こりゃもうだめだな、と思いながらも履いていたら意外に涼しいので捨てるのが惜しくなった。フィジーマジックだ。
pantu

1月17日
日曜日。一人で飲みすぎて、疲れた。

1月18日
コンポスト作りがこの一カ月ほど進展しなかったが、今日ようやく一歩進めることができた、はずであった。作業に取り掛かる直前に夕立があって中止。大体、先週の金曜日は時間がないから中止になっていた。まったく前に進まない。そして今週は水曜日から隊員総会で休まなくてはいけないし、忙しい。そう思っていたら、日本にいるJICA専門家から作業依頼が来て、先週まで暇だったのが突然忙しくなった。自分の作業計画が現在神頼みになっている。

1月19日
忙しい。突然忙しくなった。仕事を残してしまった。しかし明日から隊員総会のためスバに行かなくてはならない。先週まではかなり暇だったのだが、タイミングが悪すぎる。明日も半日作業をせねばなるまい。

1月20日
朝からスバに行きたいところだったが、仕事があったので、スバに着いたのは夜8時前になった。ドミに来て新しい同居人の有田さんと会った。今日は酒飲んで寝るだけ。

1月21日
隊員総会。引き続きブラ委員に就任。夜は広域研修の打ち合わせの後飲み会。でもいつも通り途中でつぶれて先に帰った。

●過去を振り返って
ブラ委員とは隊員機関誌「ブラ」の編集をする人だ。俺は文章書いたりするのが好きなので楽しかった。

1月22日
朝からジャイカの安全講座で午後から隊員間の職種紹介があった。なお、昼飯はフィジーで最もおいしいフィッシュ&チップスの店で食べた。9.5ドル(500円程度)。最高のフィッシュ&チップス食べたからにはもう次は一年は食べる必要はないと思っていたら、夜からの同期飲み会もそれだった。ついでに2次会もそれだった。12時前に帰ってきて寝た。

●過去を振り返って
フィジーは元イギリス領である。

1月23日
昼から大使公邸で新年会があった。わざわざこのために革靴と長ズボンを持ってきた。ちなみに協力隊ブレザーをこのためにフィジーに持ってきたのだが、全く必要なかった。あれは本当に役に立たない。さて、大使公邸は着任直後、あいさつにいったので今回は二度目の訪問である。高台にある眺めの素晴らしい、プール付き超リッチのお宅で、美味しいお酒と日本料理をたくさんいただいた。おいしかったのでハイスピードで飲み食いしたため一時間ほどで飲みつぶれた。

しかし立食パーティーなので座るところがなく、しょうがなく家の外で酔いつぶれて寝ていたら、何人かの人に大丈夫?って訊かれた。さて、その後はドミに帰って、新隊員の歓迎会があった。この日のために出し物を用意していた。吉川さんと二人でやるウクレレ漫談である。牧伸二という有名なこの道の大家のパクリである。でもこの2カ月猛特訓をちょっとだけやった。反響は非常に大きかった。以下が内容である。

♪フィジーは小さい 国だけど
いろいろ楽しい 事がある
飲み会 リゾート ダイビング
ついでにちょっとだけ ボランティア
あーあやんなっちゃうな
あーああおどろいた

(吉川・自分)2人合わせて3Rズでーす。
(自分)今日は新隊員の方々にフィジーでの隊員生活の歌を披露したいと思います。
(吉川)まず始めに冒頭の歌、ちょっと違うんちゃう?
(自分)ほうほう、では、吉川さんは日頃どういう心構えなんですか?ご教授お願いします。

(吉川)♪フィジーは誘惑 多いけど
協力隊には 関係ない
気高い奉仕の 精神で
国際協力 休みなし
あーあやんなっちゃうな
あーああおどろいた

(自分)…。確かに驚いたな。
(吉川)なんで?
(自分)100パーセント嘘やから。
(吉川)なんでよ、私ちゃんと仕事してるし。
(自分)まあ、あの辺はあんまり隊員おらんから、みんな知らんやろうけど、実態はこうです。

(自分)♪フィジーは誘惑 多いけど
協力隊には 関係ない
仕事を抜けたく なったなら
ジャイカに行くって 言えばいい
あーあやんなっちゃうな
あーああおどろいた

(吉川)それあんただけやろ。
(自分)まあ、ジャイカってすごいなってことで。
それにしても、ナンディはいろいろ店とかあって楽しいよなあ。
そんなナンディの紹介をお願いします。

(吉川)♪ナンディ空港 あるけれど
自由に日本に 帰れない
日本が恋しく なったなら
一休大黒 ○○○
あーあやんなっちゃうな
あーああおどろいた
(吉川)はい、解説です。一休、大黒というのはフィジーでは珍しい日本食レストランです。
(自分)んっ。まあええわ。では次はラウトカの曲行きます。

(自分)♪ラウトカなんにも ないけれど
インド人だけ やたらいる
彼らの英語 わからんが
アッチャーライトセットで 事足りる
あーあやんなっちゃうな
あーああおどろいた

(吉川)確かにアッチャーもライトもセットもよく使うけど、それだけではやっていけんやろう。
(自分)いやいやーこれがなんとかなるんですわ。試しに英語で話しかけてみ。

(吉川)(難しくて長い英語)
(自分)…、セット。
(吉川)出来てへんやん

(自分)えー、さて、まだまだ未熟な点も多い私たちですが、なんだかんだで10カ月。
なんとかがんばってやってます。では次がラストです。

(自分・吉川)♪しんどいことも 多いけど
素敵な仲間に 囲まれて
大きな空と 青い海のもと
進もうフィジーの 協力隊
あーあ来てよーかった
あーああがんばろう

(自分・吉川)ありがとうございました(完)

歓迎会の後は同期の4人でドミで飲み会。酒を飲んだのにカバを10杯以上飲んだような沈んだ気持ちになった…。いつの間にかソファーで寝てしまった私に毛布をかけてくれた優しい人もいれば、寝ている間にへそにマジックで落書きしてくれた人もいた。

●過去を振り返って
アッチャー:good
ライト:right
セット:set=OK
フィジーではよく使う言葉である。

1月24日
朝早く起きてすぐにラウトカに帰った。荷物が多かったので大変だった。それはスバで大好物の韓国ラーメンを大量に買い込んだからである。晩飯は早速ラーメンで、別に買ってあった、乾麺を半分入れて、1.5倍に増やして食べた。美味しかった。しかし学生時代から進歩していない。

ところで、スバからラウトカに帰る車窓から、牧場で草を食べる牛の上に小鳥が停まっているのが見えた。牛はそれを気にする風でなく、小鳥も牛を恐れていない。そんな感じで生きてゆけたらなあと思った。

●過去を振り返って
日本ラーメンは売ってなかった。

1月25日
月曜日。ようやくマーケットコンポスト第3弾に取り掛かれた。でも時間不足で最後まで出来なかった。それにしてもフィジーに来てからはや10カ月。サトウキビ運搬列車並みに遅いスピードで仕事は進んでいる…。

●過去を振り返って
サトウキビ列車は遅いだけでなくよく脱線している。

1月26日
昨日から水が出ず、タンクの水もなくなった。バケツの水があるからいいが、洗濯等をする余裕がなく、食器も洗えない。明日はミネラルウォータを買い込んでこよう。

●過去を振り返って
一応ラウトカには水道があるが、朝と晩しかでない(今は改善されたようだが)。のみならず、一日中水が出ない日もあって困った。

1月27日
・朝から酒が飲みたくなった。
・暑い。日本の真夏並みに暑い。家ではパンツすら脱ぎ捨てて真っ裸。
・日曜の夜から水がほとんどでない。タンクの水がなくなり、バケツの水も半分以上なくなってきた。明日いっぱいでなくなるかもしれない。なお、晩御飯はミネラルウォーターでつくったインスタントラーメン。贅沢だが余りうれしくない。
・今日は仕事はほとんど進まなかった。
・夜に花沢隊員からもらった高級ジンをぐいっと飲みほした。初めて花沢さんに感謝した。

1月28日
朝に仕事でマーケットに行ったのだが、関係ない店のおやじにカバのませてもらってまったりしていたら、もう仕事とかどうでもよくなってきた。こうしてフィジーの一日が今日も終わる。

1月29日
今日も超暑い。家の水もでない。それでも時間だけは過ぎ行き、一週間が終わった。

1月30日
土曜日。ようやくまともに水が出た。洗濯して、トイレの水流して、洗いものして、バケツに水ためて…。一人暮らしだから今週はギリギリ水不足に耐えたけど、来週から2人暮らしなので、新たに水をためるバケツを買いに行った。

1月31日
日曜日。エネルギーを満タンにすべく、休憩しつくした。

2月1日
月曜日。体調は良い。この日も無難に切り抜けた。2月に入ったが、季節は北半球の8月に相当することから、夏真っ盛りである。仕事も忙しくなってきた。勝負の月になるだろう。

2月2日
今日も平和に日が暮れるなあ、などと家で一人カバ飲んでまったりしていた。

2月3日
hannzaiusi
犯罪牛の話。
ラウトカ処分場の事務所横に突然こいつ(↑)がやってきたのは半年ほど前のことであった。なんでゴミ処分場に牛がいるのか?少し疑問に思ったが、ここはフィジー、それぐらいの事で突っ込んでいたら前に進めないので、その疑問は一瞬でスルーした。
こいつは特に人懐っこい牛でもなく、草を食うことにしか興味がないのか、人や小鳥が近づいても特に気にする風でも無い。処分場の作業員もこいつをかわいがっている感じではなく、ペットというわけでもなさそうであった。私はほぼ毎日ここに行くので、そのたびごとに顔を合わすが、こいつの事は基本的に風景の一部と思っていた。

しかし、それにしてもかなり長い間居るので、ある日、迎えの車を待っている、暇でしょうがない時に、隣で休憩しているこれまた暇そうな作業員にそのわけを聞いてみた。そこには無口でおとなしい今の様子から想像できない過去があった。
この牛も以前は誰かに普通に飼われていた。しかし、なぜだが他の家の中に入り込んで、その家をめちゃくちゃにしてしまったそうな。通報をうけて、市役所のレンジャーがこいつを「逮捕」したそうな。言わばこいつは犯罪牛。しかし牛に留置所だか拘置所はないので、草も生えてるし、ここに連れてこられたらしい。飼い主が罰金として200ドル払えばこいつはもといた場所に戻れるのだが、飼い主は支払いを拒否しているそうな。なお、200ドルといえばビールが50本以上買えてしまう結構な額である。つまり、こいつは見放され、捨てられた牛。でも、見るたびいっつもスローペースで草を食べ続けるこいつの姿からは悲しいのか悲しくないのかまったく想像できない。多分どうでもいいんだろうなあ、とか思いながら、その話を聞いた後も迎えが来るまでぼんやりそいつを眺めていた。

その数日後、これまたスローペースな市役所がいよいよ動き出した。こいつをオークションに賭けるという。いよいよ奴も年貢の納め時か、とか思ったか思わなかったか忘れたが、それからしばらくたったある日の事、いつもの場所に奴がいない。これまで単なる風景としか思ってなかったが、突然いなくなったら、何というか、それはそれで違和感あるような…。事務所のおじさんに聞いてみた「あの牛行っちゃったね…」おじさんえっ!て顔して答えた「あそこの木の下にいるよ、ほら」確かに少し離れた深い木陰でそいつは寝ていた。最近暑いからな…。「オークションがあったって聞いたけど」「ああ、入札がなかったんだよ。お前、いる?」「Never!(絶対いらん)」
そんなわけでこの牛糞製造機は今もラウトカ処分場で、周囲のざわめきを気にすることなく暮らしているのであった(つづく)。

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