良いこともあれば悪いこともある

<概要>
楽しいこともあれば悲しいこともあるのが青年海外協力隊。
JICA専門家チームとローカルスタッフのどちらからも部外者扱いされて悲しかった。
また、ゴルフでトラブった。あれは自分が完全に悪いが、フィジアンのおっさんが超怖かった。
仕事は相変わらず忙しかった。

10月22日
今日は午後から隣のナンディー町で定例会議があった。カウンターパートは午前のうちに行ったので、お前はジャイカ専門家の車に乗っけてもらってこい、とのことであった。なので私は専門家チームに頼みに行って12時発ということで了承をもらった。

しかし彼らは12時を回ってもバタバタしていて、出発できそうになかったのでずっと待っていたら、いつの間にか彼らは出発していた。その時点で今日はもう家に帰って寝ようかと思ったぐらいだが、私は廃棄物プロジェクトの中のコンポスト部門に携わっていて、毎回そのプレゼンをしなくてはならないので、不本意ながら結局一人でバスで行った。私が到着したのは会議開始時刻を過ぎてからで、昼飯を食べる時間もなかった。私が今より5歳ほど若かったら、その場でぶち切れたと思うが、もういい歳なので、それについては何も言わず淡々とプレゼンをした。

そして、会議が終わってカウンターパートと一緒に帰ろうと思ったら、こちらの車は古いからお前はジャイカチームの車で帰れと言われた。ジャイカチームの方からはこっちよりそっちの方がスペースがあるからそっちで帰れと言われて、その場で私の押し付け合いになった。私がどちらかに強く頼めば、連れて帰ってくれたと思うが、ここまでコケにされてなお頭を下げるなど私には出来なかった。結局私はバスで帰ると言ってすぐにその場を離れた。たとえバスがなかったとしても、怒り心頭だったので徒歩でも帰っただろう(約35km)。

私はプレゼンの役目があって来たわけで、物見遊山に来たわけではない。実験データも真面目にモニタリングしているのでずいぶんとたまってきて、今日はそれを少し解析して発表したら、それなりに好評だった。なのに、このような露骨な邪魔者扱いはないのではないか?一人だけ放置されて自費で来て、(要請があって)プレゼンをして、自分以外全員から拒否されてまた一人で帰ってくる私は一体何なのか?もう二度と来るか、と思った。結局バスにはすぐ乗れたので、窓から吹き込む風に吹かれながらこのことをずっと考えていた。

しかし、私に怒る資格などあるのだろうか?もともと私はカウンターパートから切望されて日本からやってきたわけではない。いわば私は押しかけでボランティアに来たようなものだ。なのに相手に期待して裏切られて怒るぐらいなら帰れば良いのだ。そうしても誰も困らない。
それでもせっかく会社辞めてこっちに来たのだから日々少しでも役にたてればとは思うが、今回移動手段について、カウンターパートとジャイカ専門家を困らしてしまった。迷惑を掛けるのはボランティアとして本末転倒なので、それは私の方がなんとかすべきことなのかもしれない。正直まだ納得できない部分もあるが、私にもボランティアとしての矜持があるので、次回からは何も言わずナンディーには一人でバスで行こうと思う。

●過去を振り返って
次回から一人でバスで行くと書いてあるが、周囲は俺がスネていることに気付いたのか、結局同僚の車にナンディに行くことになる。
しかしまあ、協力隊は自己満足と割りきって、周囲にあまり期待しない姿勢が大切なんだろうと思う。少なくともそっちのほうが精神衛生的にいいと思う。

10月23日
金曜日。今週は心身ともに疲れた。週末はゆっくり休みたいと思っていた。仕事を終えて家に戻ってくると、庭になぜかゴルフボールが転がっていた。これは先週の押しかけゴルフコーチのトニーの挨拶に違いない。かなり気味が悪い。一応明日はゴルフ場に行ってくる。
今日はまだ続きがあって、前の前のボスの退職記念パーティーに行かねばならなかった。疲れた体に鞭を打って行ってきました。本当に今日はは燃え尽きた。でも、明日はもっとやばいかもしれない・・・。

10月24日
昼過ぎからゴルフ場に練習しに行った。押しかけゴルフトレーナーのトニーに電話した。彼は電話にすぐ出て、すぐ来た。今日はまた異なるゴルフクラブ(ピッチング)で練習した。やはりゴルフは独学ではマスターできない。教わっていてそう思った。
来週は朝の7時に来てコースを回ることになった。この日は最後に15ドル渡してあっさりお別れ出来た。軽い気持ちで始めたゴルフだったが、予想外の展開になってきた。家に帰っては、一人のんびり過ごして疲れを癒した。

10月25日
昼前に吉川さんがやってきて二人でラウトカホテルのバー兼レストランで飲んでた。その後市役所裏の公園でしばらく風に吹かれ、海を眺めて夕方解散した。帰ってきて昼寝。夜起きてネット。のんびりした良い休日だった。

10月26日
終業30分前に会議室に集合がかかって何故か讃美歌の練習をした。今週何かのお祭りがあってその時に歌う練習らしい。フィジアンは基本的にキリスト教徒なのでよいが、多数派のはずのヒンドゥーのインド人も一緒になって歌ってた。宗教に関しては結構みな柔軟に対応しているようだ。だからフィジアンもインディアンもそれなりに仲良くやれるのだろう。しかしフィジアンは歌がうまい。かなわん。

●過去を振り返って
フィジーは多宗教国家だが、宗教対立はほとんどない。フィジー人の適当さが良い方に作用していると思う。世界中の人がそうなら、もっと争い事は少なくなるだろうに。

10月27日
wakaa

ワーカーさんたち

今日も朝からゴミ処理場へ。私がコンポストヤードにいる間は、ワーカーさんたちが良く働いてくれる。別に見張りに来たわけではないのだが、私もそばで汗をかいて作業しているので、彼らもサボるわけにはいかないのだろう。おかげで、コンポストヤードの状況がかなり改善された。知識も権威もなく口下手で英語もへたくそな私がかろうじて出来るのは汗をかくことのみだ。しばらくこの調子でがんばりたい。

ところで、休憩中にウエストピッカー(ゴミから有価物を回収する人)のおっさんと話していたら、金属の類はドバイに持っていくらしい。随分遠い。何が一番もうかるんだ?と聞いたら、銅が1kg3ドル、アルミ、真鍮が1.5ドルらしい。でも最後はおきまりで、お前独身か?何歳だ?フィジアンの女はどうだ?いやおれは金ないから女は寄ってこん、女は金持ちが好きだからな、知ってるだろ?、イエスイエス、みたいな話になって終わった。

今日も讃美歌の練習に強制的に行かされた。明日はサボろうと思っていたらSA(ラウトカで一番偉い人)からお前明日も来るよな、と念を押されたので逃げられなくなった。このままでは本番のコンペティションに連れて行かれそうだ。困った。

10月28日
昨日に引き続き、夕方から讃美歌の練習に行ったつもりが、それが本番だった。ラウトカ市の広い公園で公的なお祭りがやっていたので、その壇上で、市役所の職員総出で歌った。讃美歌と言えば学生時代、クリスマスに酔っぱらって教会に乱入して成り行きで歌って以来だ。今日もうまく歌えなかったが、良い思い出になった。

10月29日
この前フィジーに来てから半年が過ぎたと思ったら、もうそれからさらに1カ月たった。本当に時が過ぎるのが速い。ところで半年が過ぎたころ、これまでのあり方を振り返り反省していたが、英語が余り上達しておらず、仕事がスムーズにできてないことを特に不甲斐なく思い、それからというもの毎朝5時半に起きて勉強している。おかげで、午前中は体がだるい。しかも9時ぐらいに腹が空く。しかし1か月以上たった今もまだ効果はあらわれてない。情けない話だ。

10月30日
moyasi

金曜日。仕事後。アー今週も疲れた、今日は何かうまいもん作ってワイン飲んで寝よ、と思いながらマーケットを歩いていたら、モヤシを発見。ラウトカでこれを見るのは初めてでもちろん即買いだった(1ドル:50円)。
日本ではほとんど毎日食べていたモヤシ。久々にモヤシ炒めを作った。しかしこのモヤシ、よく見れば古いのか茶色く変色しているし、量も少ない。基本的にフィジーでは野菜は安いのだが、モヤシに限っては日本の方が数段安い。量が少ないので、ナスと人参を入れてカサを増やした。
完成したのが写真。何だか私が毎日モニタリングしている腐った野菜ゴミみたいに見えるが、まあまあおいしかったが日本のモヤシには到底及ばない。モヤシにこだわりのない人ならともかく、私は満足できなかった。以前家でモヤシ作りに挑戦して失敗したが、また再挑戦しなくてはならないと強く思った。

10月31日
朝の7時からゴルフに行った。今日はゆっくりと休んで疲れを取りたかったが、約束なのでしょうがない。律義に7時ぴったりにゴルフ場に行ったら、押しかけゴルフトレーナーのトニーが既に私を待っていた。今日はコースを回った。彼が道具を持ってくれるし、クラブも選んでくれ、教えられながら3ホール回った。ほとんど無人のコースを独り占めできた。また、彼は必要以上のことは話さないので、私としては気楽である。
これから毎日来いと言われたが、それはしんどいので家で毎日練習することにして週一でゴルフ場に来ることにした。来週は日曜4時である。今日は20ドルだった。家に帰ってきて、飯食った後は昼寝してまた起きて飯作って食べて、少し楽器の練習して酒飲んでまた寝る。

11月1日
来週実施される新隊員歓迎会に向けて、モヤシ炒めを作るべくモヤシを自家栽培しようと、久々に種の袋を開けたら、恐ろしいほど虫が湧いていて、種がほとんど穴あきになっていた。無念。しかし今日は家から一歩も出ることなく、のんびり過ごせて良かった。エネルギー100パーセントでまた明日から頑張れそうである。

11月2日
月曜日。昨日は十分に休養出来たので、今日は仕事も調子が良かった。実験のモニタリングしてそれを取りまとめて、プレゼン資料を準備するといった具合で、院生の頃を思い出す。また、データーのまとめ方や文書の作り方はサラリーマン時代に培った経験が生きている。場所や立場が変わっても、今の状況にこれまでの人生が今に十分反映されている。これまで無軌道に生きてきたように思っていたが、案外それでよかったのかもしれない。いや、自衛隊は役に立ってないかも。

●過去を振り返って
俺は昔自衛官だったことがある。

11月4日
昨晩夜遅くまで今日のプレゼンの資料を作成していたが、中止になった。脱力したがその後は淡々と自分の仕事をこなした。しかし酒が飲みたい。しかし今日は水曜日。週末以外飲まないことにしているので、酒を買っていない。でも飲みたい。

11月5日
今日の晩飯は大根おろし、生姜に醤油をかけたサバ(缶詰)とオクラと人参を入れた味噌汁と白いご飯だった。最近は晩飯に日本食を作ることが多くなってきた。現地にいる間はなるべく現地の料理をと思っていたが、結局落ち着くところに落ち着いた感じだ。慣れの問題を除いても、やはり日本食はヘルシーで良いと思う。肥満人口の多いフィジーでも広がればいいのにと思うが、あまりフィジーの人は日本食が好きではないらしい。でも、材料は結構フィジーでもそろうし、健康ブームが起きればはやると思うのだがどうだろうか。

11月6日
金曜日。最近同じような日々が続いている。決して退屈というわけではないが、そろそろ別の活動もしたくなってきた。また、ここらあたりで仕掛けておかないと今やっていることが終わった後じり貧になる。ということで、今取り組んでいる「マーケットゴミのたい肥化の前段階としての乾燥化のモニタリング」ははどはどにして、次に「マーケットゴミの分別収集の徹底」をテーマに活動していきたいと思う。
一応分別システムは2カ月ほど前に出来たのだが、全く機能していない。多分関係者はみなそれに気付いているはずだが、他の事が忙しくて手が回らない状況にある。私がやるといって反対意見の出ようはずもない。しかしその前に今やっていることの総括をしなければならないし、結構いそがしいのでこの休みに資料を作って月曜日にカウンターパートと話し合いたい。

11月7日
土曜日。少しやることがあったのだが、のんびりしすぎて出来なかった。でも良い休養がとれた。

11月8日
日曜日。昼過ぎからゴルフのレッスンに行った。ホールを回っていると、管理小屋から一人の男がこちらに向かってきた。お前この前から何度も来てるけど金払ってないやないか、というようなことを延々と言われた。確かにその通りで、いいわけできないので素直に20ドル払った。キャディーのトニーが次からでいいだろとか言っていたけど無駄だった。その日はゴルフの調子が良かったのだが、一気に気分が萎えた。その後は意気消沈してトボトボ家に帰った。

●過去を振り返って
管理人はゴツいフィジアンだったが超怖かった。明らかにコチラが悪いのですぐに謝ったが、彼の怒りはすぐに収まらず、延々と怒られ続けた。
今回は俺が悪かったが、このゴルフ場では以前、他の隊員が荷物をとられた治安のあまりよくない場所である(ゴルフ場は周囲から見えない)。

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